マーカーは水道橋金刀比羅宮です。
関連リンク – 高松藩松平家上屋敷跡(アイガーデンエア)、高松藩松平(水戸)家下屋敷(現国立科学博物館付属自然教育園)
「国立国会図書館デジタルコレクション – 東京市史稿. 市街編49(1960年東京都出版)」の「江戸藩邸沿革」のP554・コマ番号321/553から高松藩屋敷の変遷について記載されています。P559・コマ番号323/553「下屋敷 水道橋外」がこの地になります。
水道橋金刀比羅宮(高松藩中屋敷邸内社)
[金刀比羅宮東京分社(ことひらぐう・とうきょうぶんしゃ) は、東京都文京区にある神社(香川県仲多度郡琴平町にある金刀比羅宮の分社)である。神紋は丸に金。
●1819年(文政2年)、中山道下板橋宿上宿の名主板橋市左衛門が所有地内に金毘羅大権現を観請し、邸内祠として祀られたのがはじまり。1880年(明治13年)、無格社・金刀比羅神社として公認された。
●1888年(明治21年)に神田和泉町に遷座し、金刀比羅宮直轄の境外末社に加えられた。
●1890年(明治23年)に深川古石場町に遷座。関東大震災と東京大空襲ではいずれも建造物を焼失し、戦後御神霊は讃岐本宮の旭社に遷されていた。
●1956年(昭和31年)、元高松藩主松平家当主の松平頼明から、讃岐高松藩上屋敷の邸内社として1793年(寛政5年)に創建された水道橋金刀比羅神社の境内地(下屋敷跡)を再建用地として寄進を受けたことで二社を合わせて祀ることとなり、1964年(昭和39年)に遷座再興した。
水道橋金刀比羅宮・wikipedia-photo
(wikipedia・金刀比羅宮東京分社より)]
[金刀比羅神社は、文京区本郷にある神社です。金刀比羅神社は、私祭祠宇として文政2年(1819)創建、明治21年年金刀比羅宮境外末社と改称し神田区和泉町に遷座、明治26年深川区古市場に遷座したといいます。太平洋戦争により焼失、昭和31年金刀比羅宮東京分社再建用地として(金刀比羅神社本宮のある香川県)元高松藩主松平家より、寛政5年(1793)創建の邸内祠金刀比羅神社の境内地を讃岐本宮に寄進され、再建したといいます。 (「猫のあしあと」より)]
資料リンク
「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図(嘉永六年・1853年)」(絵図左上・水戸殿左下の松平讃岐守が高松藩松平家中屋敷です。)
「高松藩松平家下屋敷跡 – Google Map 画像リンク」
カメラ東北東方向が水道橋金刀比羅宮(高松藩上屋敷邸内社)です。また、カメラ東南東方向に水道橋稲荷神社があります。
水道橋金刀比羅宮拝殿前のカメラです。