麟祥院

マーカーは麟祥院です。

麟祥院
[開基「春日局」は徳川三代将軍徳川家光乳母として知られている。功なり名をとげた春日局は、幕府の恩恵に報いるために、本郷湯島に寺院を建立しようと思い立った。これを知った将軍家光は、願いをかなえさせるために本郷湯島の土地を寺地として贈った。願いがかなえられた春日局は、「報恩山天沢寺」と名づけた。寛永7年(1630)渭川という高僧を新しく住職として迎え、改めて春日局自身の菩提寺とした。寛永11年(1634)渭川和尚から法号をおくられた。これを喜んだ家光は、法号をもって寺号とするように命じたため、「天沢山麟祥院」と号するようになった。  (文京区ホームページより)]

春日局
[春日局(かすが の つぼね)/斎藤福(さいとう ふく、天正7年(1579年) – 寛永20年9月14日(1643年10月26日)は、安土桃山時代から江戸時代前期の女性で、江戸幕府3代将軍・徳川家光乳母。「春日局」とは朝廷から賜った称号である。
父は美濃国の名族斎藤氏(美濃守護代)の一族で明智光秀の重臣であった斎藤利三、母は稲葉良通(一鉄)の娘である安、養父は稲葉重通稲葉正成の妻で、稲葉正勝、稲葉正定、稲葉正利の母。養子に堀田正俊江戸城大奥の礎を築いた人物であり、松平信綱柳生宗矩と共に家光を支えた「の脚」の一人に数えられた。 また、朝廷との交渉の前面に立つ等、近世初期における女性政治家として随一の存在であり、徳川政権の安定化に寄与した。  (wikipedia・春日局より)]

麟祥院資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図」(絵図中央右下方向・加賀中納言殿の左に麟祥院が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 浅草下谷本郷辺絵図」(コマ番号5/5・絵図中央右に「松平加賀守」が描かれています。)

江戸名所図会」(麟祥院

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「麟祥院」(14-19)、「天澤山麟祥院解説-1・左ページ中程から」(14-17)、「天澤山麟祥院解説-2・左ページ5行目まで」(14-21)

天澤山 麟祥院 – Google Map 画像リンク」、「鱗祥院 – Google Map 画像リンク」、「春日局 墓所 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が麟祥院山門です。

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