宗慶寺

マーカーは宗慶寺です。

宗慶寺
[応永22年(1415)浄土宗中興の祖、了誉聖冏(りょうよしょうげい)がこの地で庵を開いた。その後、徳川家康の生母於大の方が現在の伝通院に葬られ、聖冏の開いた庵を移し「伝通院」とした。元和7年(1621)松平忠輝の母(家康の側室・茶阿局)の墓所となり、法名にちなみ吉水山朝覚院宗慶寺と称するようになった。小石川七福神の一つ、寿老人を祀る。  (文京区ホームページより)]

[応永22年(1415)浄土宗中興の祖、了誉聖冏上人がこの地で庵を開き、伝通院と呼ばれていましたが、その後、徳川家康の生母、於大の方が現在の伝通院に葬られ、聖冏の開いた庵を移して「伝通院」としました。こちらは、元和7年(1621)松平忠輝の母(家康の側室)、茶阿局(ちゃあのつぼね)の墓所となり、法名にちなんで吉水山朝覚院「宗慶寺」と称するようになりました。小石川七福神の一つ、長寿延命と富貴招福、そして妙薬、開運、厄除、健康、安楽、不老長寿を司る、中国宋_(王朝)仙人―時に福禄寿と同体とも云われる神、寿老人が祀られています。宗慶寺に湧く水は極楽水は『極楽の井』とも呼ばれる古井戸の遺構で、名水として史書『江戸名所記』にもその名を遺しています。今では寺の隣にある極楽水には、小石川七福神の一つ、学問成就と恋愛成就、そして音楽、弁財、美芸文学、智恵、記憶、思索、歓喜、福徳、財産、子孫の繁栄を司る、七福神に唯一の女性の神、弁財天が祀られています。(「宗慶寺|文京区ナビ」より)]

[極楽水(ごくらくすい)  文京区小石川4-16 小石川パークタワー敷地内
 ここは、了誉聖冏上人(りょうよしょうけいしょうにん)が、応永22年(1415)伝通院の元ともなった庵を結んだ所で、後に吉水山宗慶寺の境内となった。現在の宗慶寺は、すぐ下にある。
 『江戸名所記』に、「小石川吉水の極楽の井は、そのかみ 伝通院の開山了誉上人よし水の寺に おわせし時に、竜女形をあらわして上人にまみえ奉り、仏法の深き旨を求めしかば、上人はすなわち 弥陀の本願、他力の実義を ねんごろにしめし賜うに その報恩としてこの名水を出して奉りけり」とある。
 現在の極楽水は、小石川パークタワーの手によって近代風に整備されたものである。
 文京区教育委員会 平成5年10月 (「東京さまよい記-極楽水~播磨坂」より)]

宗慶寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が宗慶寺です。

宗慶寺資料リンク
国際日本文化研究センター – 東都小石川繪圖(安政4・1857年)」(絵図中央上方向・松平播磨守屋敷地の上に宗慶寺が描かれています。)

国際日本文化研究センター – (題箋)番地入東京市小石川區全圖(明治40・1907年)」

江戸名所図会」・宗慶寺極楽水

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「宗慶寺極楽水」(13-8)、「吉水山宗慶寺解説・右ページ左から2行目まで」(13-9)