秋葉神社

マーカーは秋葉神社です。

秋葉神社
[矢来町は神楽坂のすぐ隣町です。矢来町江戸時代若狭小浜藩酒井讃岐守忠勝の下屋敷があった所です。矢来町の町名の由来は、周囲の土手を竹矢来で囲んでいたためとされています。江戸時代の矢来町は、ほとんどが酒井邸でした。秋葉神社は、寛永年間まで牛込寺町に鎮座され、火除の神として崇められていましたが、同所の住民の願いにより、矢来町の小浜藩酒井家の下屋敷へ遷座し、以来、酒井家の邸内社でしたが、昭和27年に酒井家より無償贈与されました。
秋葉神社にある正雪地蔵は、小浜藩酒井家屋敷内にあったものが酒井家が移転したとき町内にゆずられたもので、本来はキリシタン灯篭であったといわれます。
 この灯篭に正雪の名前がついたのは、この近くの天神町一帯が慶安の変の首謀者であった由比正雪の屋敷があった事から結び付けられたといわれていますが、この近くには、豊後大友宗麟の子孫義乗の屋敷があった事と地中に隠されていた点などよりこれがキリシタン灯篭ではないかといわれています。  (「江戸屋敷にあった神社(10) 秋葉神社」より)]

秋葉神社 – Google Map 画像リンク」、「正雪地蔵尊 – Google Map 画像リンク

カメラ南南西方向が酒井家の邸内社だった秋葉神社です。敷地内に正雪地蔵尊があります。

秋葉神社境内のカメラで、カメラ南西方向が本殿、本殿右方向に正雪地蔵尊があります。

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 市ヶ谷牛込絵図[安政四年(1857)改定]」[絵図中下の酒井若狭守上屋敷が小浜藩酒井家上屋敷です。] 
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 小日向絵図[安政四年(1857)改定]」[絵図右上の酒井若狭守上屋敷が小浜藩酒井家上屋敷です。]

小浜藩酒井家上屋敷は嘉永三年(1850)以前には筋違御門内・昌平橋側にあった。
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 駿河台小川町絵図」(嘉永三年版元尾張屋清七)
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 駿河台小川町絵図」[安政七年(1860)改正]では、小浜藩酒井家上屋敷が阿部伊予守(備後福山藩)になっている。