中之門跡、大番所

マーカーは中之門跡です。

江戸城配置図(内郭)~クリックして拡大図てご覧ください。

国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸城図

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[番所
江戸城には警備要員の詰所として多くの番所があったが、現在残るのは下の三棟のみである。大番所は中之門の奥に、百人番所(百人組)と同心番所は下乗門の奥と外にあり、それぞれの門を守っていた。
大番所・wikipedia-photo、百人番所・wikipedia-photo、同心番所・wikipedia-photo  (wikipedia・江戸城より)]

中之門(下乗門)跡、大番所
[大手三の門を抜けると左手に百人番所、右手に中之門があります。中之門の石垣は、丁寧に加工された大形の石材が隙間なく積む「切込みはぎ」と呼ばれる技法で積まれています。また、石垣に使われているのは、瀬戸内海沿岸から運ばれた白い花崗岩で、西国大名から献上されたと考えられます。こうした石垣は、大名の登城路や天守台主要な部分だけにみられるものです。中之門石垣は江戸城の中でも最大級の巨石(35t前後)が使用され、目地がほとんど無い、整層・布積みの石垣です。明暦4年(1658)に普請され、元禄16年(1703)地震で倒壊した石垣を修復し、その後約300年の間に、石材の移動による目地の開き・孕み、荷重や風化による破損・剥離等が発生していたため、平成17年(2005)から平成19年(2007)まで20ヶ月かけて解体・修復工事が行われました。三次元レーザ測量から築石一石ごとの立体モデルを作成し、コンピュータ画面上で、石垣創建当時の線形を推定するなどの修復工事の概要が、中之門跡に詳しく表示されています。 また、中之門石垣解体に伴い、築石同士を連結する銅製の「契り(ちぎり)」や築石の据付に使用した銅製・鉄製の「敷金」など様々な遺物が出土しました。「番所」とは、警備の詰所のことす。現在、百人番所、同心番所とこの大番所の三つが残っています。大番所は大手中之門の内側に設けられ、他の番所よりも位の高い与力・同心によって警備されていたといわれています。江戸城本丸へは最後の番所であり、警備上の役割はきわめて重要であったと考えられています。大番所は再建されたものですが、背後の15段の射撃用の石段も古く風格のある立派な建物です。  (千代田区観光協会ホームページより)]

カメラ位置はが中之門(下乗門)跡で、カメラ方向右に大番所があります。

カメラ初期設定方向が大番所です。

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