清水門

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マーカーは清水門です。

清水門
[北の丸東側は御三卿の1つ清水徳川家の屋敷地だった。その入口となる門だったためこの名がある。田安門とともに1961年に重要文化財に指定され、1967年に渡櫓門の櫓部の復元工事が完成した。  (「江戸城 清水門」より)]

[【国指定重要文化財】  
寛永元年(1624)助役大名,浅野長晟により建てられた枡形の城門。扉釣具の銘には万治元年(1658)とあるが,これは江戸城の総曲輪の大工事を行ったついでにこの門を修復した年であると考えられています。門名については,昔この辺りに清水が湧き出ていた、また、古くはこの辺りに清水寺があったことから、その名をとって清水門と称したともいわれています。宝暦9年(1759)九代将軍徳川家重の第二子徳川重好をして,この門内に一家を創立させて門名にちなんで清水家と称しました。文久3年(1863)の本丸炎上の時には、将軍徳川家茂と夫人和宮親子内親王(静寛院宮)は一時ここに移っていたといわれています。  (千代田区観光協会ホームページより)]

雁木坂が残る清水門
[小さな橋を渡り高麗門をくぐると、枡形形式の広場があります。そこから渡櫓門をくぐって左に曲がっていくと江戸時代そのままの「雁木坂」が残されています。清水門の創建年代は不明ですが、1620 年(元和6 年)には既に存在していた記録があり、現在のものは、明暦の大火後の1658 年(慶長17 年)に再建されたと考えられています。
雁木坂は、高さがあって幅のある階段は登りにくく、間の空いた階段の形が雁の行列を作って飛ぶ姿に似ているのでこの名前がついたと思われます。江戸城址で雁木坂が残っているのはここだけで、往時を知る貴重なものといえます。  (「北の丸公園の魅力(1) | 皇居外苑 | 一般財団法人国民公園協会」より)]

清水門資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸城見附図 2巻. [1]」(コマ番号33-36/47・清水御門)

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 御江戸大名小路絵図」、「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 駿河台小川町絵図

清水門 – Google Map 画像リンク

清水門高麗門前の360citiesです。

カメラ北方向が清水門です。

カメラ北西方向が雁木坂です。

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