大木唐からし店

マーカーは大木唐からし店です。

大木唐からし店
[この「薬研堀」の地で、昔からやっている七色唐辛子の「大木唐からし店」。..歴史を聞くと江戸時代「えびや」の屋号で廻船業をし、後期は船宿もやった。仕事柄、日本諸国を船で回り、和歌山名産の山椒とか、四国名産の唐辛子などの香料も集め易かったようです。..「七色唐辛子」は何時から始めたかは定かではではないが、「両国橋が移った時の橋の廃材で作った」と言われる「置物」の「恵比寿大黒」さまが有るとの話も聞きましたが貴重な話です。..両国橋が移ったのは、「矢ノ倉」が元禄11年に火災で焼失した時の頃です。
橋は現在の位置より浜町公園近くに有った。 その後現在の位置に移った。こんな事から「私の勝手な推測」で唐辛子屋は江戸中期の創業でしょうか?「ホームページで紹介したら」…と言っても「いやいや、そこまでしなくても」と穏やかに語る。しかし、口コミで広がり、知る人ぞ知る隠れた名店なのです。(江戸時代から、自分の先祖を自慢したりすることも無く、慎ましく生活した)質素に暮らし、七味唐辛子発祥の地で、今も守り続けている江戸の味です。  (「こだわりの「七味唐辛子」、日本三大七味」より)]
[元祖「やげん堀」は今では浅草新仲見世を本拠としているが、発祥の地である薬研堀跡近くの隅田川沿いには「大木唐からし店」というお店が健在。この店も創業は明暦2年(1656)と大変古く、しかも江戸時代からずっとほぼ現在地にあったらしく、江戸明治東京重ね地図にも安政3年=1856年時点のマップにこの店名が明記されている。今となっては周辺はこういった小売りの商売に向いていると思えない(ちょっとさびしい)一角だが、店内の様子からは、どうやら常連客が定着して成り立っているような感じだ。ちなみに、一般にこのタイプの混合調味料といえば「七味」(しちみ)が通り名で、元祖「やげん堀」の看板も「七味唐辛子」となっているが、これは本来関西発祥の呼び方(京都清水寺門前の「七味屋」が元祖)だそうで、江戸での呼び名は「なないろ唐辛子」であった。この大木唐からし店ではその呼び方を現在も踏襲、「七色唐がらし」の呼称で販売している。  (「神田川のページ>薬研堀/元柳橋跡」より)]

大木唐からし店 – Google Map 画像リンク

カメラ西南西方向が大木唐からし店です。

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