川口橋跡(浜町川跡・川口橋周辺神田上水樋管)

マーカーはカメラ位置です。

川口橋跡関連リンク – 「浜町川跡・浜町河岸(蠣浜橋跡)

川口橋跡(浜町川跡)
[浜町緑道が終了した先は、首都高速6号向島線の浜町出口で、さらにその先は首都高からのスロープになっています。そのスロープの下のスペースを利用して、遊歩道風の細長い公園が続きます。正面を横切る首都高のラインが箱崎川にあたります。その向こうには左手に中洲、右手が箱崎で、さらにその先が隅田川でした。とすると、浜町川は隅田川ではなく、箱崎川に合流していたことになりますが、そうなったのは明治になって、中洲が完全に陸化して以降のことで、江戸時代には浜町川は隅田川に注いでいました。  (「神田川 「まる歩き」 しちゃいます!!: 川口橋」より)]

川口橋周辺神田上水樋管
神田上水留. [30] 神田上水清水附浜町屋敷掛新規樋枡井戸共御普請一件 安政四巳年二月 御普請方 分冊ノ一」(8~15/60・川口橋周辺の神田上水樋管が描かれています。)

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 日本橋北神田浜町絵図」(絵図右下・濱松川口に「川口橋」が描かれています。)

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「新大橋三派」(2-12)[図会手前に新大橋、左に永代橋、右の流れが箱崎川で、描かれる橋が中州に架かる永久橋です。また、永久橋手前右に浜町川河口に架かる川口橋も描かれています。]

「中央区立図書館画像リンク・箱崎川 浜町川合流付近昭和33(1958)年」、「中央区立図書館画像リンク・箱崎川沿岸日本橋浜町昭和32(1957)年8月

カメラ位置は川口橋跡でカメラ北西方向に浜町川があり、カメラ南東方向が隅田川(三俣)であった。また、カメラ北方向に江戸時代末期の大名老中首座であった、堀田正睦下総国佐倉藩上屋敷があった。

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