思案橋跡

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マーカーはカメラ位置です。

思案橋
[小網町1丁目と2丁目を結ぶ思案橋は、長さ9間2尺の橋ですが、何しろ江戸時代初期においては近くに遊廓(元吉原)もあり劇場もある地域(堺町・葺屋町)をひかえての橋です。橋の途中で、どちらへ行くかを思案したため、橋名がついたといわれています。
このあたりから隅田川向うへ渡る橋は永代橋でした。元禄に架せられて以来どんなに便利で重要な橋になったことか。
この思案橋は小網町の発展を支える大きな役割を果していたのですが、神田方面から深川方面へ行く重要な通路で、人通りも多く、永代寺富士講や、富岡八幡宮の祭礼にはぞろぞろ人が通って賑やかだったといいます。それが、明治27年永代橋のかけかえの時、位置の移動があって北新堀町から深川にかかっていたのが新川から佐賀町にかかるようになり、北新堀町から思案橋(後小網橋となる)へくる通りはバッタリさびれてしまったといいます。こうした橋や通りの変化で、随分盛衰があったようです。  (「日本橋小網町 | 日本橋“町”物語 | 東京都印刷工業組合 日本橋支部」より)]

カメラ位置は思案橋跡で、カメラ北北東方向に東堀留川があった。また、カメラ南西方向・日本橋川との接続部は小公園になってる。

資料リンク
東京市及接続郡部地籍地図. 上卷(大正元年)」(139/647の地図右上に思案橋が、その右下に小網神社が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 日本橋北神田浜町絵図」[絵図下中央付近・堀江町4丁目の下に、東堀留川口に架かる思案橋が描かれています。]

江戸方角安見図鑑. 乾,坤巻」・「ru11_01312_0001_p0016.jpg」[延寳8(1680)年]

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