日本橋鮒佐

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日本橋鮒佐
[日本橋鮒佐(にほんばしふなさ)は、東京都中央区日本橋に存在する老舗の佃煮屋。正式商号は有限会社 日本橋鮒佐。
文久2年(1862年)に初代佐吉が浅草橋に創業。初代の佐吉は小鮒を開き串に刺し醤油と砂糖で調整した甘辛なタレで付け焼きしたものを、鮒寿々(すずめ)焼として商っていた。(開いた魚の形がふくら雀に似ていることがその名の由来)ある日釣りに出たところ時化に遭い、品川から佃島まで流れ着いた。土地の漁師達がつくった雑魚の塩煮にヒントを得て、醤油で煮たところ現在の佃煮を発明したと言われている。また佐吉は北辰一刀流免許皆伝の腕前でもあり、「佃煮の煮方は真剣勝負」という家訓も残している。
●3代目佐吉の弟、金盛が日本橋に店を構えた時からキッコーマンの醤油だけを使って製造をしている。また現在の所在地は以前キッコーマンの所有する土地であった。
●『金鮒佐』は、日本橋鮒佐の佃煮の登録商標である。浅草橋にある鮒佐は親戚筋にあたり、製造も販売も別々に行っている。
●佃煮のほかにも煮豆甘露煮、くるみ菓子なども取り扱っている。
日本橋鮒佐の佃煮
●江戸前佃煮は、創業以来製造され続けている昔ながらの佃煮。比較的辛口である。
●まろやか佃煮 醤油味を抑えるために、鰹節と昆布でとった合わせだし日本橋鮒に赤酒、清酒を使用し、塩分を抑えている。
●合成保存料や着色料は不使用である。  (wikipedia-日本橋鮒佐より)]

[言い伝えによると、日本橋鮒佐の創業は江戸時代末期(第13代将軍徳川家茂公の時代)、1862(文久2)年。世の中では、生麦事件が起こった年です。今から140有余年に遡ります。江戸末期の安政年間(1850年代後半)、当時剣士として北辰一刀流の免許皆伝の腕前だった初代佐吉は趣味の釣りが高じて釣れた小鮒を串刺しにして醤油で付け焼きするという“鮒寿々め焼(ふなすずめやき)”を商いにしていたそうです。その佐吉が1862年(文久2年)のある日、釣りをする為舟を出した所、品川沖で時化(しけ)に遭い、佃島に漂着しました。漂着した佃島で佐吉は、地元の漁師が雑魚を塩煮にしているのにヒントを得て、小魚を醤油で煮込み市中で売り出しました。この時の醤油煮が現在の“佃煮”の原型を創ったと云われております。以来鮒佐の佃煮は、江戸食通の間で評判となり、『元祖佃煮』として5代148年、今に至ります。 (「日本橋鮒佐-日本橋鮒佐について」より)]

日本橋 鮒佐 本店 – 三越前/その他 [食べログ]

カメラ北方向が日本橋鮒佐です。

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