経新堂 稲崎(江戸表具展示館)

マーカーは経新堂 稲崎です。

経新堂 稲崎
[「経新堂 稲崎」は、江戸時代天保年間(1830~1843年)に創業。当時は、江戸城に近い元大工町、現在の日本橋通り2丁目にありました。表具師の筆頭格「大経師(だいきょうじ)」であり、屋号を「表具師 稲崎」と言い、店主は代々「新八(しんぱち)」名を襲名していました。東京大空襲で店舗が焼失したために日本橋浜町へ移り、店名を「経新堂 稲崎」としました。現在は長男・知伸、次男・昌仁と共に盛業中です。表具師とは、掛け軸、屏風、額、襖などの表装をする職人のことで、また、表具の中でも掛け軸は、絵や書の魅力を活かしながら裂地(きれぢ)を組み合わせて制作する、総合的な感性が必要とされる工芸品です。  (「伝統技術【工芸編-10】「経新堂 稲崎」5代目店主 稲崎棟史 – 特」より)]

江戸表具展示館
[江戸時代は武家屋敷が建ち並び、明治以降には料亭なども多く繁盛していたという粋な街、日本橋浜町。その一画に表具店「経新堂 稲崎」があり『江戸表具展示館』が設置されています。同店は天保年間に創業した老舗で、店頭には江戸時代から掲げられている「大経師」の看板が見えます。
「大経師というのは、その昔は朝廷に仕えた経師のことで、江戸時代には名字帯刀を許され、江戸城への出入りも許された経師の筆頭格のことをいいます。私の知る限りでは大経師を名乗っているのはウチだけですね」と教えてくれたのは現五代目当主のご長男・稲崎知伸さん。
「元はお城に近い大工町、現在丸善のある日本橋二丁目にありましたが、東京大空襲で消失し、ここに移ってきたのです」
展示品には、空襲で焼け残った「焼き印」があります。これは経師の仕事道具に焼き付ける家紋のようなもので招き猫の後ろ姿になっています。外で仕事をする場合、ほかの道具と区別するための印だといいます。ほかにも表装のための道具類など店の歴史を感じるもの、そして江戸表具(掛軸、額、屏風)などが掛けられています。中には第一回文化勲章授章の日本画家・竹内栖鳳(たけうち せいほう)の軸もあり必見です。
表具とは、書画の保存と鑑賞のために布・紙などで裏打ちをして掛軸・屏風・額などに仕立てること。また、表具の技術は社寺が集中する京都で始まりましたが、「京表具はどちらかというと経や書が主で色がないので、背景には金銀のきらびやかなものが多いです。江戸表具は浮世絵文化の中で発達しましたから粋さが求められるんです」と稲崎さんはいいます。  (「江戸表具展示館 | 中央区まちかど展示館」より)]

経新堂 稲崎ホームページ

カメラ北西方向が経新堂 稲崎です。

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