釜屋もぐさ

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釜屋もぐさ
[日本橋小網町にある株式会社釜屋もぐさは、創業(万治2年〈1659〉)以来の場所で点灸用の(もぐさ・お灸で燃焼させる綿状の材料〈蓬の葉の繊維部分を精製したもの〉)商品を提供する専門店です。同社では創業以来の屋号「釜屋」とトレードマークの「大鉄釜の商標」を用いており、社内にはかつて店頭に据え置いていた「大鉄釜」の一部(区民文化財〈鉄製大釜残欠〉)が掲げられています。
歴史をたどると、近江国(現在の滋賀県)から江戸に下った初代・釜屋(富士)治左衛門は、小網町三丁目(現在地)で荷積問屋を営みながら近江からの船便で江州伊吹山の艾を入荷し、江戸市中において売り始めたといいます。特に釜屋では、近江特産の良質な艾を撚って粒状に加工した「切艾」の販売を行ったため、簡便な灸療治ができると好評を博しました。なお、切艾は日常のみならず旅人の携帯品としても広く用いられた故に、複数の店が本家・元祖争いをするほどの名物にもなりました。江戸時代の風俗を考証した随筆『守貞謾稿』には「近江伊吹山ヲ艾ノ名産トス(中略)江戸ハ専ラ切艾ヲ用フ小網町ニ釜屋ト云艾店四五戸アリ名物トス(後略)」とあり、江戸名物の切艾店として小網町の釜屋が紹介されています。
釜屋治左衛門の艾店では、市中で切艾の振り売り(店以外で商品を売り歩く行商)を行っており、商品荷物を入れて背負う江戸時代後期(推定)の「振売箱」(高さ約43cm・幅約24cm・奥行約24cmの竹製背負い箱)が伝来しています。振売箱は網代編み(あじろあみ・平たい同幅の竹ひごを交差しながら隙間なく編み込んだもの)の竹に漆和紙を張り込んであり、正面には「 小網三 釜治」と朱書きがあります。なお、「」の家印は、釜屋治左衛門が近江国辻村の著名な鋳物師(田中七右衛門)の家系であることを示す標章と考えられています。この振売箱は、艾商の営業活動に用いられてきた希少な商業用具であるとともに、釜屋の暖簾と鋳物師の由緒を大切に守り伝えています。  (「区内の文化財 中央区ホームページ」より)]

釜屋もぐさ本舗ホームページ

カメラ北東方向が釜屋もぐさです。

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