鳥取藩池田家中屋敷跡

マーカーは鳥取藩池田家中屋敷跡です。

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国立国会図書館デジタルコレクション – 東京市史稿. 市街編49(1960年東京都出版)」の「江戸藩邸沿革」のP412・コマ番号250/553から鳥取藩屋敷の変遷について記載されています。P414・コマ番号251/553「中屋敷 濱町大川端」がこの地になります。

松平相模守
[鳥取県侯爵池田家(旧封三二万五千石)の中屋敷であった。『江戸藩邸沿革』に次の記載がある。
一、中屋敷 浜町大川端
 拝領天保十(1839)年十二月廿七日、増地購入安政四(1857)年正月十九日、坪数五千三百廿四坪余。
 池田家記録、中屋敷浜町大川端邸坪数五千三百廿四坪余。此邸は十二代慶行のとき、天保十年乙亥年十二月廿八日浜町大橋際水野壱岐守(水野忠順)上ヶ地千八百廿四坪余給せられ、天保十三壬寅五月九日願済、中屋敷と改ム。
 安政四丁己年正月十九日十代斉稷のとき(十四代慶徳の誤)右邸の続なる酒井修理大夫(酒井忠義)浜町屋敷地坪三千五百坪を代金三千五百両を以借受立にて買入、更に慶応三丁卯年七月廿九日酒井若狭守(酒井忠義)拝領中屋敷浜町大川筋の名義を以て、公然他邸(目白台邸)と交換の儀願済。(下略)  (「18.切絵図考証五 安藤菊二(PDFファイル:1005.98 KB)」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内沿革図書. 第一篇下」(コマ番号264/284「当時(天保九年・1838年)之形」の左ページ下に水野壱岐守(水野忠順)、酒井修理大夫(酒井忠義)と記述されています。コマ番号265/284「萬延元(1860)年之形」、コマ番号266/284「当時(文久元年・1861年)之形」の左ページ下に松平相模守(池田慶徳)、酒井若狭守と記述されています。)

東京都立図書館アーカイブ – [日本橋南北浜町八町堀辺図] ([嘉永6[1853]?])」(絵図右下・大川端に松平相模守(池田慶徳)下屋敷、その右に酒井修理大夫(酒井忠義)下屋敷が描かれています。)

東京都立図書館アーカイブ – 日本橋北内神田両国浜町明細絵図(嘉永3[1850]/安政6[1859]再板)」(絵図四つ切右下・新大橋左上に松平相模守(池田慶徳)下屋敷と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内沿革図書. 第一篇下」(コマ番号265/284「萬延元(1860)年之形」、コマ番号「当時(文久元年・1861年)・之形」の絵図左ページ下に松平相模守、酒井若狭守と記述されています。)

東京市拾五区区分全図 第一 日本橋区全図」(地図四つ切右下・濱町三丁目十四番地が鳥取藩池田家中屋敷跡になると思います。)

カメラ位置は中央区日本橋浜町2丁目58北西角で、カメラ南南東方向道路を含み両サイドが、新大橋通りから先は東側が鳥取藩池田家中屋敷跡になると思います。