小名木川(萬年橋)

マーカーは萬年橋です。

萬年橋
[萬年橋(まんねんばし)は、東京都小名木川にかかる橋で第一橋梁である。江東区道第3124号線(萬年橋通り)を通す。北岸は江東区常盤一丁目、南岸は江東区清澄一丁目と二丁目を分かつ。当橋のすぐ西側で小名木川は隅田川と合流、東側には新小名木川水門が設置されている。
萬年橋が架橋された年代は定かではないが延宝8年(1680年)の江戸地図には「元番所のはし」として当所に橋の記載がある。江戸時代初期、この橋のすぐ北側に小名木川を航行する船荷を取り締まるために「川船番所」が置かれていたものの、この番所は明暦の大火後の江戸市街地の整備拡大に伴い、寛文元年(1661年)に中川口へと移されたため、付近が「元番所」と呼ばれていたことに由来する。慶賀名と考えられる「萬年橋」という呼称となった時期などは不明である。
小名木川は江戸市内へ行徳の塩や、近郊農村で採れた野菜、米などを船で運び込むための運河であり、架けられた橋はいずれも船の航行を妨げないように橋脚を高くしていたが、萬年橋は中でも特に大きく高く虹型に架けられていたことから、その優美な姿を愛された。葛飾北斎富嶽三十六景の中で「深川萬年橋下」として、歌川広重名所江戸百景の中で「深川萬年橋」として取り上げた。
のち、江戸期を通じて4回の開架があったとされるが定かではなく、関東大震災の直前には木橋が架けられていた。震災時も被害はうけたものの耐え切ったが、老朽化とあわせて震災復興計画により現在の橋に架け替えられた。
北岸は松尾芭蕉が居を構えた場所で、隅田川と小名木川の合流地点付近の住居跡は芭蕉歴史庭園として整備されている。また近隣に江東区芭蕉記念館がある。
隅田川のすぐ南側にある清洲橋は萬年橋たもとからの眺めがもっとも美しく見える角度とされ、清洲橋のモデルとなったドイツケルンライン川に架かる吊橋を彷彿させることから「ケルンの眺め」と呼ばれている。
歌川広重 名所江戸百景「深川萬年橋」・wikipedia-photo、南岸(東京都江東区清澄)から(2008年5月)・wikipedia-photo、隅田川テラスより(2008年5月)・wikipedia-photo  (wikipedia・萬年橋より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 深川絵図

国立国会図書館デジタルコレクション – 南本所大川ヨリ横川マデ堅川ヨリ小名木川ノ間 : 天保一一年八月ノ形」(絵図四つ切左下・小名木川左端に「万年橋」が描かれています。)

南本所竪川辺之地図 / 村上吾雄 誌」・「bunko01_01855_p0002.jpg

富嶽三十六景(葛飾北斎) – 深川万年橋下(ふかがわまんねんばしした)

カメラ位置は萬年橋上で、カメラ北西方向に深川船番所があった。

カメラ東北東方向が萬年橋です。

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