長州藩大砲鋳造場跡モニュメント

マーカーは長州藩大砲鋳造場跡モニュメントです。

長州藩大砲鋳造場跡モニュメント
[平成8年3月設置
このモニュメントは、白御影石の台座の上に、現在パリのアンヴァリッド(廃兵院)に保存されている当時ここで造られていた大砲(実物は長さ3メートル)をモデルに作成したブロンズ製のものです。
江東区の長州藩大砲鋳造場跡の歴史については、「江戸切絵図」を見ると、現在の南砂2丁目3付近に長州藩主松平大膳太夫の屋敷があったことがわかります。
長州藩では、三浦半島の砲台に備え付ける大砲を鋳造するため、同藩の鋳物師郡司右平次(喜平次)を江戸に呼び寄せ、嘉永7年(安政元年)に幕府の許可を得て、佐久間象山の指導のもと、この砂村の屋敷内で36門の大砲を鋳造しました。
攘夷戦(下関戦争)の戦利品としてフランスに渡り、パリのアンヴァリッド(廃兵院)に保存されている長州藩毛利家の紋章の入った大砲には、
嘉永七歳次甲寅季春(かえいしちさいじこういんきしゅん)
十八封度砲(じゅうはち ポンド ほう)
於江都葛飾別墅鋳之(こうとかつしかべっしょにおいてこれをちゅうす)
と刻んであり、「葛飾別墅」とは、この砂村の屋敷をさしています。  (「長州藩大砲鋳造場跡モニュメント|江東区」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 深川絵図」(絵図右下に松平大膳太夫下屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 深川十万坪ヨリ中川海手迄 : 天保一一年八月ノ形」(コマ番号3/4・絵図右上に松平大膳太夫屋敷地が描かれています。)

長州藩大砲鋳造場跡碑 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向垣根の向こうに長州藩大砲鋳造場跡モニュメントがあり、左方向に案内板が立っています。