岩村藩松平(大給)家本所下屋敷跡

マーカーは岩村藩松平(大給)家下屋敷跡です。

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国立国会図書館デジタルコレクション – 東京市史稿. 市街編49(1960年東京都出版)」の「江戸藩邸沿革」のP339・コマ番号213/553から岩村藩屋敷の変遷について記載されています。P345・コマ番号216/553「下屋敷 本所緑町 本所区花町貳拾五番地」がこの地になります。

松平乗命
[松平 乗命(まつだいら のりとし)は、嘉永元年(1848年)6月13日、美濃国岩村藩7代藩主・松平乗喬の次男として誕生。安政2年(1855年)、父の死去により家督を継ぐ。万延元年(1860年)12月に従五位下・能登守に叙位・任官する。元治元年(1864年)に大坂加番に任じられ、慶応2年(1866年)の第二次長州征伐にも参加している。
慶応3年(1867年)7月に奏者番に任じられ、12月に陸軍奉行に任じられた。しかし幕府の要職にありながら、慶応4年(1868年)2月に新政府に恭順している。
明治2年(1869年)6月の版籍奉還で岩村知藩事に任じられ、明治4年(1871年)7月の廃藩置県で知藩事を免官された。  (wikipedia・松平乗命より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 北本所大川ヨリ横川迄南割下水辺 : 天保一一(1840)年八月ノ形」(絵図四つ切左上・松平能登守(松平乗美)と描かれています。)

東京都立図書館アーカイブ – 嘉永新鐫本所絵図(安政2[1855]改正/文久3[1863]改)」(絵図中央左端・三ッ目之橋右下に松平能登守(松平乗命)と描かれています。)

カメラ位置は緑三丁目南交差点で、カメラ北東方向が岩村藩松平(大給)家下屋敷跡になると思います。