臼杵藩稲葉家下屋敷跡

マーカーはカメラ位置です。

関連リンク – 臼杵藩稲葉家上屋敷跡

稲葉久通
[稲葉 久通(いなば ひさみち)は、豊後国臼杵藩15代(最後の)藩主。
旗本・岡野知英の五男。母は山内容堂(豊信)の娘と言われている(養母との説もある)。
文久2年(1862年)に先代藩主・観通が若死にしたため、観通の姉妹(11代藩主・雍通の孫娘)を娶って跡を継いだ。幕末期の動乱の中では、土佐藩の山内容堂と縁戚にあったことから佐幕派の立場を貫き、隣藩の岡藩から尊皇攘夷運動の誘いをもちかけられたときも、これを拒絶した。慶応3年(1867年)10月、朝廷から上洛を命じられたときもこれになかなか応じようとはせず、翌年の3月20日になってようやく上洛しているほどである。ちなみにこれは、豊後の諸藩の中で最も遅い上洛であった。
ただし、版籍奉還は豊後の諸藩に先駆けて行ない、知藩事に任じられた。その後、久通は藩政改革を断行したが、明治4年(1871年)の廃藩置県により知藩事を免官される。  (wikipedia・稲葉久通より)]

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国立国会図書館デジタルコレクション – 北本所大川ヨリ横川辺右石原北割下水迄 : 天保一一(1840)年八月ノ形」(絵図中央に松浦肥前守下屋敷、抱屋敷右上に稲葉能登守(稲葉幾通?)抱屋敷が描かれています。)

東京都立図書館アーカイブ – 嘉永新鐫本所絵図(安政2[1855]改正/文久3[1863]改)」(絵図四つ切右上・松浦肥前守下屋敷右に稲葉長門守(稲葉久通)下屋敷が描かれています。)

東京市拾五区区分全図 第十四 本所区全図 – 特別区協議会」(地図下中央・原庭25,27-31番が臼杵藩稲葉家下屋敷跡と思われます。)

カメラ位置は東駒形2丁目15番地地先交差点で、カメラ位置付近が臼杵藩稲葉家下屋敷跡になると思います。