問屋場・貫目改所跡、番屋(自身番所)跡

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    [板橋宿の中心的存在であった仲宿には、問屋場貫目改所馬継ぎ場番屋(自身番の詰め所)があった。
    貫目改所とは、公用な荷物を伝馬で運ぶため、重量を測り運賃を決める役所。当時は貫目御改所(かんめ-お-あらため-しょ)と呼ばれた。中山道上の貫目改所は、板橋宿のほか、信州洗馬宿追分宿にも設けられていた。
    ●番屋(自身番所)跡 :下総屋。  (wikipedia・板橋宿より)]

    [板橋手前、左に下総屋と看板があがる場所が自身番所跡 手前が仲宿脇本陣跡 建坪109坪、幕末には本陣として機能していた。文久元年(1861)和宮降嫁、慶応4年(1868)東山道軍の東征、明治元年の明治天皇大宮氷川神社行幸の際にも使用された。飯田宇兵衛が勤める。
    下総屋の斜め向かい橋本酒店が問屋場跡 隣接して貫目改所 街道往来の荷物の重さを検査した。高札などに定められた荷の重さを制限を、人馬を使用する旅人に守らせ宿場の負担軽減を図った。正徳2年(1712)設置。中山道では板橋、追分と洗馬宿に置かれた。  (「板橋 – Home.ne.jp」より)]

    カメラ西方向が番屋(自身番所)跡にある下総屋です。

    カメラ位置は板橋の南詰めで、カメラ東方向が問屋場・貫目改所跡にある橋本酒店です。

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