宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵

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マーカーは宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵です。

宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵
[庚申塔とは、60日に一度おとずれる庚申の日に、仲間とともに一晩眠らずに過ごして長寿を祈る庚申講を3回達成した記念として建立されたものです。江戸時代に庶民に流行し、現在も全国各地に残っています。
石造りのお堂の右側にみえる庚申塔は、宝永元(1704)年に建てられたもので、方形の石柱の頭部に笠を置く簡素なかたちをしています。正面には「一字金輪」をあらわす梵字と「奉供養庚申石塔息災祈所」の文字が刻まれています。こちらは平成元(1989)年に豊島区有形文化財に登録されました。
さて、庚申塔がある堂の中央に立つ地蔵は、「お茶あがれ地蔵」と呼ばれます。地元には次のような話が伝わっています。
『江戸時代、池袋村の男性と結婚する約束をした女性がいたのですが、男性の家族に反対され、さらに病気になってしまい、どうにか池袋村へたどり着いたものの、力尽きてしまいました。その後、付近では「お茶あがれー、お茶あがれー」と村人や旅人に呼びかける女の幽霊が多く目撃されるようになり、哀れに思った村人が供養碑をたてたというものです。』
昭和16(1941)年、道路整備のために供養碑が撤去されそうになったとき、地元の人々が今の場所へ庚申塔を移動し、さらに地蔵を建立してお茶あがれ地蔵と名付けました。その後、同20年4月13日の空襲で亡くなった無縁仏も合祀したといいます。いまも地域の人々により供養が行われ、大切に守られています。  (「宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵 – 豊島区教育委員会」より)]

お茶あがれ地蔵尊 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向に宝永の庚申塔とお茶あがれ地蔵があります。

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