西福寺

マーカーは西福寺です。

西福寺
[真言宗豊山派の三縁山西福寺は、江戸六阿弥陀巡礼の1番目、豊島八十八ヶ所霊場67番札所、荒川辺八十八ヶ所霊場20番、33番札所です。  (「猫のあしあと」より)]

[西福寺は六阿弥陀第一番の寺として知られています。江戸の人々は春秋のお彼岸に六阿弥陀詣を盛んに行いました。 花見と紅葉の時期を楽しむ目的もあったようです。 区内には西福寺のほか、無量寺が第三、與楽寺が第四番阿弥陀とされています。境内には「よさこい節」に登場するお坊さんがかんざしをあげたという土佐のお馬さんの供養塔があります。また明治維新の際に起こった上野戦争で敗走中に王子付近で戦死した彰義隊士6名を供養したことが記されている六士銘記の碑があります。山門内には昭和46年のサイパン慰霊祭の折、参謀本部跡より収集された血染めの土砂と遺骨を納めた 「彩帆観音」が祀られています。中庭に面して鎮座している極彩色の仏像は阿弥陀如来露座大仏です。  (「西福寺 | 東京都北区観光協会 – 北区観光ホームページ」より)]

[本尊阿弥陀如来は六阿弥陀の第1番で、行基の作といわれ江戸に聞えた寺です。
この寺の境内に、六人銘士の墓があります。彰義隊の六士が上野の山から落ちのびて、官軍に捕らわれ殺されました。これを付近の村人が憐れんで豊王橋の袂に葬り、その後西福寺に移しました。
他に六部夫婦(巡礼)のお地蔵さんがあります。享保年間この近くの奉石橋(現在の豊石橋)が土橋であったのを石橋に作り変えた豊島町の恩人です。なおこの石橋は滝野川に反射炉を築くときにとりこわし、石は豊島町10ヶ所の用水の橋となりました。この用水の橋は現在でもこの西福寺に2本だけ残っています。  (「歴史スポット西福寺 | 東京都北区」より)]

西福寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が西福寺参道です。

西福寺資料リンク
江戸名所図会」・西福寺 梶原塚.jpg

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「彼岸六阿弥陀詣」(17-22)、「西福寺 梶原塚」(15-46)、「三縁山西福寺、梶原塚解説」(15-45)、「梶原塚」(15-47)

「東都歳事記」・彼岸六阿弥陀詣其二.jpg(絵に王子・飛鳥山、千住大橋、六阿弥陀第一番の寺・西福寺が描かれている。)

東都歳事記. 巻之1-4,附録 / 斎藤月岑 編纂 ; 長谷川雪旦 図画 ; 松斎雪堤 補画」・「彼岸六阿弥陀詣其二」(2-7)

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