富士見坂

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マーカーは富士見坂です。

富士見坂
[荒川区西日暮里三丁目にある坂道です。諏訪台通りから西に下ります。都内にある富士見坂と呼ばれる坂道のうち、ほとんど唯一、現在でも実際に富士山が見ることができる坂として有名です。平成16年に、国土交通省関東地方整備局から「関東の富士見100景」の一つである「東京富士見坂」に選ばれました(ただし、この坂だけを東京富士見坂と呼称しているのではなく、他のいくつかの坂道(例えば世田谷区岡本三丁目の坂)も合わせてそう呼ばれています。標識は、坂上近くに荒川区教育委員会設置のものが立っています。また、坂上と坂下のそれぞれに、富士見坂を示す青いプレートを付けたポールが立っています。「富士見坂」と書いた上には、富士山から太陽が昇る姿が描かれています。  (「富士見坂(荒川区)」より)]

[富士見坂の脇に所在した旧・妙隆寺もまた修性院、青雲寺とともに花見寺と呼ばれる寺院でした。妙隆寺は元禄7年(1694)に富士見坂隣接の地に移転してきました。寛延元年(1748)に崖下に桜やツツジを植えて庭園化し「花見寺」としてその名を馳せました。現在マンションが立つ跡地は、学校教育史や映画史においても重要な役割を持ったところでした。
妙隆寺は「六阿弥陀詣で」の道にあることも手伝って江戸時代にはかなりの名所として知られましたが明治初期に経営の行き詰まりから廃寺同然となり檀家などは修性院に移籍、境内の墓石や「日尾荊山衣さく蔵碑」なども修性院に移されました。 (「日ぐらしの里② 花見寺修性寺と妙隆寺の撮影所」より)]

富士見坂 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は富士見坂の坂上で、カメラ西南西方向坂右に説明板があります。

カメラ位置は富士見坂の坂下で、カメラ北北東方向に妙隆寺があった。

資料リンク
江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・日暮里惣図其之三(其之三では絵右上に「浄光寺」、絵中央下に「妙隆寺(廃寺)」が描かれています。)

江戸名所圖會. 卷之1-7 / 齋藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 畫圖」・「日暮里惣図其之三」(14-48)

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