マーカーは上品寺です。
「江戸御場絵図」(絵図は東西方向を軸に描かれていますので、絵図を回転して南北を軸にすると見やすくなります、南北軸にした絵図で、中央下方向・「中川」の「古綾瀬川」流入点、「上平井」左に上品寺が描かれています。)
上品寺
[上品寺の創建年代は不詳ですが、享保元年(1716)伝祐が新義真言宗正福寺末として一寺となったと伝えられます。
●新編武蔵風土記稿による上品寺の縁起
上品寺
新義真言宗、上小松村正福寺末、八幡山来迎院と称す。本尊阿弥陀、運慶の作と云。当寺元庵室にてありしを享保年中僧傳祐の時一寺となせり。因てこれを開山とす。寛保3年4月9日寂す。
八幡社。
阿弥陀堂。(新編武蔵風土記稿より)
●葛飾区観光協会掲示による上品寺の縁起
葛飾名所
上品寺の閻魔大王坐像
当寺は新義真言宗にして、八幡山来迎院という。
この閻魔堂に安置する閻魔大王坐像は、高さ206センチあり、かつて江戸十六閻魔の一つとして栄え、区内最大のものである。
閻魔大王は、地獄に住み18の将良と8万の獄卒を従え、死して地獄に落ちくる人間の生前の善悪を正し、罪あるものには、苦しみを与える冥王として信仰する人が多い。
当寺の閻魔は、江戸中期にもっとも盛んに信仰され、昭和47年に閻魔堂が新築され現在に至っている。(葛飾区観光協会より) (「上品寺|葛飾区東新小岩にある新義真言宗寺院 – 猫の足あと」より)]
カメラ東北東方向が上品寺参道です。