八剱神社

マーカーは八剱神社です。

国立公文書館 デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図 – 葛西筋御場絵図」(絵図は東が上になっていますので、北を上にすると見やすくなります。絵図を北向きにして、中央・奥戸新田と中井堀の間付近に八剱神社があることになります。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、奥戸新田上、中井堀右に描かれる鳥居が八剱神社です。

八剱神社
[八剱神社は、葛飾区奥戸にある神社です。八剱神社は天文5年(1536)三河国碧海郡西端村の郷士杉村小左衛門が当地を開拓するに当たり、守護神として勧請したものと伝えられており、旧奥戸新田の鎮守社となっていたといいます。八剱神社棟札、板絵着色裸参り絵馬額が葛飾区文化財に指定されています。
八剱神社の由緒
天文5年(1536)三河国碧南郡西端村の郷士杉浦小左衛門が当地を開拓するにあたり、守護神として勧請したものと伝える。旧奥戸新田の鎮守である。天明4年(1784)の「奥戸新田村鑑」に載せる神社の書上げに次の記事がある。
惣村鎮守は八剣大明神にて、六尺四面、別当宝蔵院にて、御捨地2畝歩、此分は御水帳に反歩無之候へ共、享保11年御改之節、2畝歩と書上候。勧請年号は不相知候ヘ共、三河国より杉浦左衛門と申者勧請致候由、鎮守棟札に有之候。往古より社萱葺に候所、安政7年5月、本所こけら屋根に致し、上屋建立したし候。同年9月、石鳥居村方惣若者かかりにて建立いたし候。末社院来大神有之、神酒二月奉、社は6月15日祭礼、9月13日一年に三度宛、神酒捧申候。
社殿は、寛永6年(1629)9月、正保4年(1647)、安永7年(1778)5月、文久3年(1863)9月、明治41年10月に再建または修覆が行われ、現在の社殿は昭和47年10月の造営である。(葛飾区教育委員会 葛飾区神社調査報告より)  (「八剱神社|葛飾区奥戸の神社、旧奥戸新田村鎮守 – 猫の足あと」より)]

八剱神社 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が八剱神社参道です。