善福院

マーカーは善福院です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で古綾瀬川右に若宮と記述されています、その左上の鳥居右下「卍」が荒川改修前(移転前)の善福院、善福院が荒川の計画区域内であることがわかります。移転先は古綾瀬川を挟んで反対側になります。また、善福院下の道路が鎌倉街道とされる立石道です。

善福院
[真言宗智山派寺院の善福院は、夏木山と号します。善福院は、永正16年(1519)祐誉法印が東照宮若王寺と称して創建、徳川家康公の神号をはばかり善福院と改号したといいます。
新編武蔵風土記稿による善福院の縁起
若宮八幡宮別当善福院
新義真言宗寺嶋村蓮花寺末、榎木山と号す。昔は東照院若王寺と称せしを、御神号を避て今の如く善福院と改め寺号は唱へずと云。本尊薬師
観音堂、正観音を安す。葛西三十三番札所第十五番なり。(新編武蔵風土記稿より)
●葛飾区寺院調査報告による善福院の縁起
永正16年(1519)祐誉法印の創立。はじめ東照宮若王寺と号したが、徳川家康公の神号をはばかり、善福院と改めたという。明治維新前までは付近の若宮村若宮八幡宮の別当職を勤めた。大正元年、荒川放水路開削工事のため、現在地に移転した。大正12年9月の関東大震災本堂が大破し、昭和9年、火災に焼失し、同12年再建、さらに同22年9月の水害で破損し、同44年4月、現在の本堂が新築された。(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)  (「善福院|葛飾区四つ木にある真言宗智山派寺院、新四国南葛八十八ヶ所 …猫の足あと」より)]

善福院 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が善福院山門です。