子育地蔵尊・馬頭観音・道しるべ

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子育地蔵尊・馬頭観音・道しるべ
[立石諏訪自治会史跡
 地蔵尊馬頭観音・道しるべの由来
 この地蔵尊は、貞享二年(一六八五年・江戸初期)に念仏講によって建造されたものです。建立当時は、現在の橋際の堤防内にあわもち屋という家があり、その前にあったということです。昭和初期、本奥戸橋架設の時、現在地の内側に移転し、五十数年後の現在、架け替え工事のため現在地に再度移転しました。
 地蔵尊は、民間信仰として庶民のあらゆる願い事をかなえてくれる仏として信心され、特に育児についての守り仏として強く結びつき、子育ての精神的なよりどころとして女性に多く信仰されていたものです。地域では老若男女多くの方が、子供達の幸せを願っておまいりしています。
 となりの馬頭観音は江戸時代の半ば以降に、農耕馬や運送馬が普及してから馬の保護仏として広く信仰されたものです。現在は地域の交通安全の守り神となっております。建造は安政二年(一八五五年、江戸大地震の年)です。
 道標(みちしるべ)は、出羽(今の山形県)三山(月山湯殿山羽黒山)の信者の人々の講中が参詣の記念に、宝暦五年(一七五五年)旅人たちの役に立てようと建造したものです。
  「・・・橋際に地蔵尊と道しるべの石あり。右江戸みち、左おくと渡し場道・・・と刻したり。・・・」 永井荷風断腸亭日乗』より
   昭和六十一年四月十三日    地蔵尊等保存会  (「子育地蔵尊・馬頭観音・道しるべ | Childcare Jizo, Hayagriva 」画像より]

地蔵尊・馬頭観音・道しるべ – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が子育地蔵尊・馬頭観音・道しるべです。