宝蓮寺

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マーカーは宝蓮寺です。

江戸御場絵図」(絵図は東西方向を軸に描かれていますので、絵図を回転して南北を軸にすると見やすくなります、南北軸にした絵図で、絵図中央・新宿亀有渡船場右の、「立増寺」下に宝蓮寺があります。)

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年の地図で、「中川橋」右方向に寺「卍」が二か所描かれ、下の寺が宝蓮寺です。

宝蓮寺
[宝蓮寺は、天文元年(1532)に栄源が中興開基となり創建したと伝えられます。
●葛飾区寺院調査報告による宝蓮寺の縁起
元文4年(1739)の「正福寺惣門末起立録」には、開基を天文元年(1532)栄源、法流相続を正保2年(1645)栄広代としているが、「新編武蔵風土記稿」では「天文元年、栄源ト云僧、中興セリ。是今ノ法流ノ祖ナリ」といい、その所伝を異にし、ただその本尊はともに不動明王としている。「風土記稿」には当寺には行基作と伝わる像を安置する薬師堂があり、さらに当時の門末として、大日如来を本尊とする山王山鏡智院が存した旨を記している。現在当寺の本尊となっている薬師如来像はもと別堂の本尊であり、脇檀の不動明王は当寺の旧本尊、大日如来像は旧鏡智院の本尊であろうか。本堂は安政2年(1855)10月の大地震で倒壊し、明治3年に改築された。当寺は旧水戸街道に面し、境内にはイチョウの古木がそびえている。「正福寺惣門末起立録」の記事は次のとおりである。
新宿町 医王山 蓮華院 宝蓮寺
1 本尊 不動明王
1 開基 天文四壬申辰年 法印栄源 元文四巳未年迄 凡弐百九年
1 稲荷社地 24歩 御除地
1 六天社地 6畝9歩 右同断
1 清滝権現社地 20歩 右同断
1 廟所 2畝20歩 御除地
1 境内 3反1畝2部 右同断
1 御法流 正保2己酉年 栄弘代相続
1 高外御見取場 田5反8歩
1 御代官所 伊那半左衛門殿
(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)
●新編武蔵風土記稿による宝蓮寺の縁起
寶蓮寺
新義真言宗上小松村正福寺末、医王山と号す。不動を本尊とせり。天文元年栄源と云僧中興せり。是今の法流の祖なり。
薬師堂。像は行基の作なりと云。(新編武蔵風土記稿より)  (「宝蓮寺|新四国南葛八十八ヶ所霊場、葛飾区新宿にある真言宗豊山派寺院」より)]

宝蓮寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向が宝蓮寺山門です。

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