宝蔵院

マーカーは宝蔵院です。

国立公文書館 デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図 – 葛西筋御場絵図」(絵図は東が上になっていますので、北を上にすると見やすくなります。絵図を北向きにして、中央・奥戸新田と中井堀の間付近に宝蔵院があることになります。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、奥戸新田上、中井堀右に描かれる「卍」が宝蔵院です。

宝蔵院
[真言宗豊山派寺院の宝蔵院は、青旧山和光寺と号します。応永2年(1395)に創建、慶長17年(1612)海運法印が中興開基となったと伝えられます。境内に南葛八十八ヶ所霊場第7番、新四国四箇領八十八ヵ所霊場24番があり、隣地にはもと別当を勤めた八剱神社があります。
新編武蔵風土記稿による宝蔵院の縁起
寶蔵院
新義真言宗、上小松村正福寺末、青旧山和光寺と号す。本尊阿弥陀を安す。開山海運、寂年詳ならず。
薬師堂(新編武蔵風土記稿より)
●葛飾区寺院調査報告による宝蔵院の縁起
応永2年(1395)の創立。天文7年(1538)、国府台の合戦で兵火にかかり焼失したが、慶長17年(1612)海運法印が再建し、開基となった。元文4年(1739)の「正福寺惣門末起立録」に、記事がある。
奥戸新田村青旧山 和光寺 宝蔵院
本尊 阿弥陀如来
開基 慶長17年 法印海運
元文4年迄 凡128年
八剣大明神社地 御見捨
熊野三社宮社地 右同断
境内 1反8畝27歩 御除地
寺附田地 8反4畝3歩 御年貢地
御代官所 伊那半左衛門殿
境内に、式部薬師を安置する薬師堂があり、8月8日に薬師祭が行われ、北隣の八剣神社は、もと当寺で別当を勤め、昭和38年には東方に中川放水路が完成し、その記念に堤上に、「和光の鐘」を吊った鐘楼を建て、近年また境内には「賽の河原」として、石地蔵尊群が安置されている。薬師堂の側にクロガネモチの大木が2本ある。(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)  (「宝蔵院|新四国南葛八十八ヶ所霊場、葛飾区奥戸にある真言宗豊山派寺院」より)]

宝蔵院 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が宝蔵院参道です。