木下川薬師(浄光寺)

マーカーは木下川薬師(浄光寺)です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で古綾瀬川と中居堀の交差したの「卍」が荒川改修前(移転前)の浄光寺、浄光寺が荒川の計画区域の真ん中にあることがわかります。移転先は古綾瀬川と中川が接する、三角地の下に、中川が改修後に移転したことがわかります。

木下川薬師
[天台宗寺院の浄光寺は、青龍山薬王院と号します。浄光寺は、849年に創建したという古刹で、伝教大師作の薬師如来像を本尊とし、もと天台宗浅草寺末派筆頭でした。古くから木下川薬師(きねがわやくし)として知られているほか、徳川家の祈祷所・御膳所として庇護され、江戸名所として賑わいました。境内には徳川家光の御手植えの松や、日本大学の創設者山田顕義と、加藤ひな子の親交を伝える碑があります。南葛八十八ヶ所霊場38番札所です。
葛飾区寺院調査報告による浄光寺の縁起
嘉祥2年(849)僧広智の草庵にはじまり、貞観2年(860)3月その弟子慶寛によって一寺となり、浄光寺と名づけられた。古くから<木下川薬師>として知られ、一千有余年の法灯を伝える関東屈指の古刹である。草創の由来については、嘉暦2年(1327)の青竜山薬師仏像縁記」に明らかである。大正8年荒川放水路開削工事による移転以前は、現在地の西北0.6キロ、江戸川水道橋の少し上流にあった。草創以来、赫々として郷民の崇敬を集めたが、乱世にいたりいくたびか兵火のため焼失、寺領を没収せられ、応永年間(1394-1428)再び戦禍にかかり、荒廃状態となった。時の別当証円は法脈の絶えるのをうれい、領主奥津家定に願い出て、その斡旋によって関東管領上杉憲実から、当寺の別当職および寺領等の補佐を得て中興した。その後も幾多の消長を経、天正19年(1590)住僧良寛は徳川家に愁訴し、薬師供養料として5石の朱印地を得、堂舎を改築し、将軍家の祈願所となり、また江戸時代を通じて、毎年、徳川将軍家の代参があり、江戸城紅葉山の歴代将軍霊屋の別当職を勤め、浅草浅草寺の筆頭格を占め、享保5年(1720)3月、将軍徳川吉宗の放鷹以来、御膳所に指定されて慣例となり、幕末まで継続した。天保11年(1840)火災により本堂以下ことごとく灰燼に帰したが、幸に本尊をはじめ寺宝の大部分はその難を免れか、今なお保存されている。幕府の崩潰とともに寺運も傾き衰微したが、明治中期以来復興し、境内地3000余坪の広大な地域に、本堂・薬師堂・東照宮・熊野権現・大講堂・仁王門・鐘楼・客殿等を擁し、参道には古松の並木がそびえ、盛観を呈し、境内にはカキツバタの名所として、文人墨客の杖を引くものが多かった。勝海舟もしばしば当寺を訪づれ、明治12年西郷隆盛留魂碑を建て、当寺に書を寄せている。(留魂碑は大正2年、大田区南千束の千束池畔に移された)。また境内の<登美の松>は将軍吉宗の手植の三代目であるが、根元に海舟筆の記念碑がある。その他、境内には、加藤ひな子の事蹟碑、墓域には、幕臣松下専助歴代の墓等がある。毎年4月8日の縁日には、境内に植木市が開かれ、遠近からの参詣人でにぎわう。(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)  (「猫のあしあと」より)]

[現在の木下川薬師(木根川薬師。葛飾区東四つ木1)は荒川の東側にあるが、江戸時代には中居堀(現在は暗渠化され中居堀通りとなる)の近くにあった。  (「17.木下川薬師 平井村聖天 – 夢七雑録 – Gooブログ」より)]

木下川薬師(浄光寺)資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 角田川ヨリ綾瀬川迄」(各巻号コマ番号2/6・絵図中央に浄光寺が描かれています。)

国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 隅田川向島絵図」(絵図中央左側に・下木下川村、上木下川村に囲まれて薬師堂・浄光寺が描かれています。絵図中央下・掘割に囲われた中に西光寺が描かれています。描かれている掘割は、西光寺右が曳舟川、左が曳舟川から分流する中居掘り、西光寺上は綾瀬川と思われますが、綾瀬川が中居掘りと合流している描かれかたををしている。この絵図は実測図ではないので実際と異なる点が多いようです。)

江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・木下川薬師堂

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「木下川薬師堂」(19-36)、「木下川薬師堂解説-1・右ページ中程過ぎから」(19-35)、「木下川薬師堂解説-2」(19-37)、「木下川薬師堂解説-3」(19-38)、「木下川薬師堂解説-4・左ページ左から6行目まで」(19-40)

「江戸遊覧花暦」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・木下川薬師木下川薬師別当庭中(説明文)

江戸遊覧花暦. 巻之1-4 / 岡山鳥 編輯 ; [長谷川雪旦] [画]」・「木下川薬師」(2-8)、「木下川薬師別当庭中解説・左ページ1行目より」(2-10)

木造金剛力士立像 – Google Map 画像リンク」、「浄光寺(木下川薬師) – Google Map 画像リンク」、「加藤ひな子の碑 – Google Map 画像リンク

カメラ南東方向が木下川薬師山門です。

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