毛長川(毛長橋)

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毛長川(毛長橋)
[毛長川(けながかわ)は、埼玉県および東京都を流れる利根川水系綾瀬川支流の一級河川である。かつては毛長落し、毛長堀と呼称されていた。昭和23年より40年にかけて改修拡張された。
埼玉県川口市東部に源を発し、市内を南へ、草加市と足立区の境を東へ流れ、足立区花畑地区で綾瀬川に合流する。一級河川の上流端は川口市安行慈林。
人口急増による生活排水の増加などの影響により20世紀後半に水質がきわめて悪化したが、流域の下水道の普及などにより2000年代から次第に改善した。現在、埼玉高速鉄道線のトンネルを活用して荒川の水を引き込み、綾瀬川同様、毛長川に注ぐことで水質を改善する工夫が行われている。水質が改善されてきたためか、毛長川では魚類の生息が確認されている。
足立区西保木間4丁目(2012年9月)・wikipedia-photo  (wikipedia・毛長川より)]

「埼玉県草加市新里町の毛長神社では、6メートルもの長さの髪を持つ女性が人々の幸せを祈りつつ入水したといい、その髪が毛長神社の神体になったと伝えられる。この毛は箱に納められて神体として祀られていたものの、あるときに不浄の物と見なされて、大水のときに流されてしまったといわれる。別説ではこの毛長神社の毛は素戔嗚尊の妹姫の髪とも、新里のある女性が男性との悲恋から毛長川に身を投げ、後に川から長い髪が見つかったものともいう。
毛長神社の伝承の残る埼玉県の毛長川・wikipedia-photo  (「麻桶の毛」より)]

伝説の小径(毛長沼)
[昔むかし、新里村には大きな沼がありました。沼のほとりに住む村の長者には、女神のように美しい娘がいました。
ある日、沼をへだてた舎人村の長者の息子がこの娘を見そめ、結婚を申し込みました。新里村の長者はこころよくこれに応じ、二人の結婚が決まりました。
ところが、結婚の日が近づいたころ、新里村に悪い病気がはやったのです。そのうわさは舎人村にも伝わり、病気が広がることを恐れた村人たちは、長者に二人の結婚をあきらめるようにと願い出ました。病気は一向におさまらず、死ぬ人も出たため、両家は結婚をあきらめることにしました。娘はそれを聞いて、たいそう心を痛めました。
悲しんだ娘は、ある嵐の夜、髪をふり乱しながら沼へと身を投げました。新里村の長者は必死になって娘をさがしましたが、見つかりませんでした。嵐が去り、新里村の病気もおさまったある日のこと。対岸の舎人村に、長い黒髪が流れ着きました。村人たちはその黒髪が、結婚がかなわず沼に身を投げた娘のものと知り、深く悲しみました。新里村の人たちも、娘をいとおしみました。そして沼のほとりに神社を建て、娘の長い黒髪をまつり、「毛長神社」と名付けました。  (「草加アラカルト6 伝説の小径」より)]

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