青砥神社

マーカーは青砥神社です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で中川の左に描かれる「卍」上の鳥居が青砥神社です。

青砥神社
[青砥神社は、葛飾区青戸にある神社です。青砥神社は、天正4年(1576)に、三社明神として創建したと伝えられ、青戸村の鎮守だったといいます。明治5年白髭神社と改称、昭和18年に青戸4丁目にあった白山神社を、昭和35年に高木・八幡・北野・葛葉稲荷、水神社の5社を合祀しています。
●葛飾区教育委員会 葛飾区神社調査報告
「葛西志」青戸村の条に「鎮守三社明神 除地2畝12歩 表青戸の内、東北の方、中川堤の辺にあり。稲荷・白髭・諏訪を相殿とす。表青戸・西青戸の鎮守なり。社地の入口に木鳥居を立、本社に二間に三間、拝殿二間に一間半なり。社地すべて松・杉・雑木繁茂して古き宮地と見えたり」といい、
新編武蔵風土記稿」青戸村の条には「三社明神社 村ノ鎮守ナリ。白髭・諏訪・稲荷ノ三社ヲ祀レリ。別当観音寺 新義真言宗。村内宝持院末。両鎮山慈眼院ト号ス。弘法作、長一尺許」とある。
当社も天正4年(1576)の創始と伝え、当初は猿田彦命建御名方命倉稲魂命、の三柱を祀り、三社明神と称したが、明治5年 神格制定に際して白髭神社と改め、さらに昭和18年9月、旧青戸4丁目鎮座の白山神社を合祀して青砥神社と改称し、ついで同35年、付近の高木・八幡・北野・葛葉稲荷、水神社の5社を合祀して、祭神は8柱となった。社殿は中川の洪水によってしばしば破損し、大正7年改築の社殿も腐朽したため、昭和36年、現在の社殿が造営された。境内にはイチョウ・マテバシイ・ケヤキ・モッコクなどの大樹が鬱蒼と茂っている。(葛飾区教育委員会 葛飾区神社調査報告より)  (「青砥神社|葛飾区青戸の神社、旧青戸村・白鳥村の総鎮守 – 猫の足あと」より)]

青砥神社 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が青砥神社参道です。