中原街道改修記念碑

マーカーは中原街道改修記念碑です。

中原街道改修記念碑
[中原街道の沼部、石川千束付近は、急坂が多く物資の輸送や交通の難所でした。この石碑は、大正6年から12年(1917年から1923年)にかけて改修工事が行われたことを伝えています。  (「大田区ホームページ:中原街道改修碑」より)]

[南千束二丁目の洗足池畔の道路際に建てられている。
 中原街道は、江戸から平塚の中原に通ずる街道で、江戸期には、東海道の脇往還としてさかんに利用された。明治期以後も産業の発達に伴い、東京への物資の輸送路として大きな役割を果たした。しかし、千束から石川、田園調布にかけて急坂が多く道幅も狭く、重い荷車は難儀をした。
 大正期になり、地元有力者や住民らの努力によって、この起伏を平坦にする改修に着手、同十二年に完成した。
 昭和十年五月には丸子橋が完成、順次道幅も広げられ現在の道路になった。なお橋から田園調布警察署前交差点までは、この時新設された新道で、その南側の桜坂を通り東急目蒲線沼部駅へ抜ける道が旧道で、大田区内で旧中原街道の面影を残すのはここだけとなった。
 碑は、大正十二年の街道改修記念に建てられた。  (「中原街道改修記念碑」より)]

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カメラ北方向が中原街道改修記念碑です。