大原不動尊

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マーカーは大原不動尊です。

大原不動尊
[・江戸元禄の頃、上総の国(千葉県)大原からこの地に運ばれ祀られたため「大原不動尊」と呼ばれている。
・大原不動尊の霊験は、イボ痔、安産の他、昔から賭け事の願いが良く叶うことから博打不動と呼ばれ、宝くじ等は良く当たるようです。
<品川区指定文化財・民俗第24号>
・大原不動堂内石造供養塔群
天和元年(1681)と天和2年造立の板碑型供養塔、貞享4年(1687)造立の庚申灯籠、元禄元年(1688)造立の笠塔婆供養塔、享保17年(1732)造立の六十六部廻国供養道標などがある。いずれも上蛇窪村の村民が造立したもの。
■しながわ昔話 
「動かなかった不動尊」
 大井町線の戸越公園駅から商店街を南に250メートルほど行ったところに十字路があり、さらに少し進むと大原不動尊(豊町五丁目)があります。
お堂は大正八年(1919)に建てられたもので、六十六部廻国供養塔を台座にして、石で造られた不動尊本尊として祀られています。
 三百年ほど前の夏の暑い日、仏教を修行する人が不動尊をせおい、汗をふきふき歩いていました。
「ふうふう、暑くてかなわない」
 松や杉などの大きな木が立ち並ぶところまでくると、「涼しそうな木陰だ。少し休んでいこう」と不動尊をおろして休憩しました。
 少し休むと元気が出たので、「さて、出かけるか」と、不動尊をかつぎあげようとしましたが、びくともしません。村人にも手伝ってもらいましたが、ついに動かすことができませんでした。
困りはて、「お不動様が、この土地にとどまることを望まれているのでしょう」と持ち上げるのをあきらめ、村人によく頼んでその場を立ち去っていきました。
 それから何十年かたったころ、川崎領(現川崎市)に住む釋宜縁(しゃくぎえん)というお坊さんが、石で造られた六十六部廻国供養塔を馬に乗せて運んでいました。急に雨が降り出したので、馬をせきたてながら進むと、大木がしげる場所を見つけ、雨やどりをしました。
 しばらくすると雨はあがりましたが、馬は動こうとしません。お坊さんも手伝って何とかして馬を進ませようとしましたが、だめでした。しかたがないので、供養塔を馬からおろし、通りに面した場所に置きました。やがて、その供養塔の右側面には品川道千束道、左側面には池上道と刻まれ、村人の道しるべにもなったということです。
 そして供養塔の上に、近くに祀られていた不動尊が重ねて置かれ、現在のようなかたちになりました。
【六十六部廻国】
全国六十六カ国、一国一カ所の神社や寺などの神聖な場所を、願をかけるために、お経などをおさめて回りました。  (「しながわ観光協会(東京都品川区) – 大原不動尊」とり)]

大原不動尊 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向が大原不動尊です。

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