子育て地蔵尊(首無し地蔵尊)

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マーカーは子育て地蔵尊(首無し地蔵尊)です。

子育て地蔵尊(首無し地蔵尊)
[・江戸末期の頃、近くの人々が願い事のため、お地蔵様の首や胴を畑の畦道に転がし、願い事が叶うと首や胴を元の場所に戻すという慣わしがあった。そのうち首が無くなり、大正末期に目黒の植木屋さんが別の首を取り付けたとの事です。
・子供を欲しがる近くの農家の方が夢の中で「お地蔵様を大切に祀れば元気な子供が授かる」とのお告げあり、その通りお堂を建て大切にしたとの記録があります。
・戦前、戦後にかけて地蔵尊のお祭りとして賑やかな縁日がたちました。
■しながわ昔話「首なし地蔵」
戸越六丁目二十一番地に「子育て地蔵」という石のお地蔵様を祀ったお堂があります。
昭和初期に道路が広がる前には、このお地蔵様は今の位置より少し南にあり、「首なし地蔵」と呼ばれていました。
そのように呼ばれるようになったのは、首の大きさが体の大きさと合っていないことに関係があり、このような言い伝えが残されています。
 江戸時代から明治時代にかけて、このお地蔵様は「願かけ地蔵」として評判を呼び、願いをかける人がお地蔵様の首を畑のあぜに転がしたり、ときには胴体も倒し、願がかなったときに元通りにするという、変わった習わしがありました。
「おや、だれかが願をかけているようだよ」「本当だ、お地蔵様の首が落ちている。願かけしているんだね」。
畑の中に首が転がっているのを見た村人たちがうわさをしていると、ある日、お地蔵様の首が元に戻っています。
「お地蔵様が元通りになっている。願いがかなったんだね」「今回は早く願いがかなって、よかった、よかった」と、村人たちは願かけの成就を喜びました。
 ところが、なかなか願かけがかなわなかったのか、お地蔵様の首がいつまでたっても転がったままで、ある日とうとう首が見つからなくなってしまいました。
これには村人たちも困り果てて、「首がないんじゃ、願かけしたくてもできないねえ」「どこにいってしまったんだろう」と心を痛めていました。
 大正時代の終わりごろになって、お地蔵様の熱心な信者だった目黒に住む植木職人が、「このままでは、お地蔵様がかわいそうだ」と他の首をつけました。
 その後、願かけのために首を外す習わしはなくなり、今では、子育てと子どもの病気を治すご利益のあるということで「子育て地蔵」の名で慕われています。  (「しながわ観光協会(東京都品川区) – 子育て地蔵尊(首無し地蔵尊)」より)]

カメラ北方向・電柱右に子育て地蔵尊(首無し地蔵尊)があります。

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