本行寺

マーカーは本行寺です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右下に「下池上」右下に池上本門寺が描かれています。本門寺の左上付近に本行寺があります。]

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、本門寺北門前左方向上の「卍」が本行寺と思われます。

本行寺
[本行寺(ほんぎょうじ)は、東京都大田区池上にある、日蓮宗の寺院。山号は長崇山。池上本門寺の子院、理境院照栄院と共に池上三院家のひとつ。池上・大坊顕の字法縁。
本行寺の境内は、1282年(弘安5年9月18日)に常陸国へ湯治に向かう途中の日蓮が身をよせ、同年10月13日に病没した池上宗仲の館跡にあたる。10月15日にこの地で日蓮は荼毘に付され、遺骨は遺言により久遠寺に納められた。
本行寺の起源は1276年(建治2年)に池上氏館内の持仏堂が法華堂とされたことに始まり、日蓮入滅後間もない1283年(弘安6年)に日朗の弟子九老僧の大乗阿闍梨本成院日澄に池上氏館の地共々寄進されて本行寺が開創されたとされる。以来宗祖入滅の霊場として、池上本門寺の子院(末頭)のなかでも特に格式の高い、池上三院家の筆頭として大乗坊日澄の名から「大坊」と称された。元々中本山であったが昭和61年に本山(由緒寺院)に昇格した。また池上法縁五本山の1つにも挙げられている。
当寺の伝承に「お会式桜」と「ひきずり豆腐」がある。お会式桜は、日蓮が入滅した時、庭の桜が時ならぬ花を咲かせたと伝えられ、今もその桜が現存している。ひきずり豆腐は、日蓮が池上家に到着した折、宗仲夫妻が差し上げた料理と伝えられる。現住は51世中野日演(顕昭)貫首(伊東市広宣寺より晋山) 。
赤門(正門)・wikipedia-photo、本行寺本堂・wikipedia-photo、日蓮上人入滅の旧跡(ご臨終の間)・wikipedia-photo  (wikipedia・本行寺_(大田区)より)]

日蓮宗本山 池上 大坊 本行寺ホームページ

大坊本行寺|大田区池上にある日蓮宗寺院、日蓮宗由緒寺院 – 猫の足あと

大坊本行寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が本行寺山門(赤門)で、山門右が妙法堂です。

カメラ初期設定方向正面が大坊本行寺宗祖御灰骨堂です。

本行寺本堂前のカメラです。カメラ東北東方向に大坊本行寺宗祖御灰骨堂があります。