馬込八幡神社

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マーカーは馬込八幡神社です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右下・「馬込」右上方向に八幡社が描かれています。]

馬込八幡神社
[馬込八幡神社は、建久4年(1193)渡辺対馬守正久が、岩清水八幡宮分霊を勧請、翌年遷宮したといわれます。江戸期には旧馬込村の総鎮守、明治期には、村社に定められていました。
新編武蔵風土記稿による馬込八幡神社の由緒
(馬込村)八幡社
除地一段二畝十歩、村の中央木原専三郎白長が采邑の内にて、社地も地頭より所務を免除すと云、勧請の年歴詳ならず、今村内の總鎮守とす、身體は正八幡にして甲冑を帶し馬に乗たる画像なり、本社二間半に三間、拝殿二間に四間、前に石の鳥居をたつ、祭禮年々九月十五日、いかなるゆへにや昔より村内小名十三谷と云所の百姓等、よりつどひて神楽を奏するを永式とす。
末社稲荷社。僅なる祠なり。
疫神社。これも同じ。(新編武蔵風土記稿より)  (「馬込八幡神社|大田区南馬込の神社、馬込村総鎮守、旧村社 – 猫の足あと」より)]

馬込八幡神社 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向が馬込八幡神社参道です。

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