マーカーは鵜ノ木八幡神社です。
「今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部 谷 謙二(人文地理学研究室) – 首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図で、「下郷」左上に描かれる神社が鵜ノ木八幡神社です。
鵜ノ木八幡神社
[鵜ノ木八幡神社は、天明伊賀守光信の子五郎右衛門光虎が延徳元年(1489)に創建したといいます。
●「大田区の神社」による鵜ノ木八幡神社の由緒
延徳元年(一四八九)天明伊賀守光信の子五郎右衛門光虎、下野国より此の地に移り来り、応神天皇を勧請して当社を創立せり、口碑に寛文の頃(一六六一〜七二)青山因幡守、尊崇厚く社殿を修理したと伝えらる。(「大田区の神社」より)
●新編武蔵風土記稿による鵜ノ木八幡神社の由緒
(鵜ノ木村)八幡社
除地2段余、村の北にあり。社は2間半四方。前に石の鳥居を建て、入口に石階5級を設く。鎮座の年暦を詳にせず。祭礼9月なり。村内増明院のもちなり。(新編武蔵風土記稿より) (「鵜ノ木八幡神社|大田区南久が原の神社 – 猫の足あと」より)]
カメラ北東方向が鵜ノ木八幡神社です。
カメラ東方向が境外稲荷と庚申塔です。