いききの道

マーカーはいききの道道標です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図の「甲州街道」の字「甲」左の道、下方向で左に曲がる極点付近がいききの道道標が設置されると思われる場所です。

いききの道
[はるか昔、多摩川によって削られてできた高さ約6メートルの段丘崖で、通称“ハケ”と呼ばれる道です。段丘崖の上に続くこの道は、府中市内を北の台地部と南の低地部に二分し、江戸時代に整備された甲州街道以前の甲州古道であり、東海道大井から、府中を経て甲州国府へと続いていました。”いききの道”と呼ばれる道は調布市との境あたりから始まり、競馬場の辺りまでを言い、昔奥多摩で切り出された材木は筏に組まれて多摩川を下り、東京湾まで運ばれていました。そのときの”筏師”たちが”行き来した道“であることから名づけられた道です。古い街道の面影を今なお残していて、春になると「やぶづばき」の赤い花が咲く道として知られています。  (「いききの道 |ぶらり国・府」より)]

[鳩林坂の坂下を過ぎると競馬場ともお別れだ。道筋はゆったりと時計回りに湾 曲する。左手には駐車場を挟んで日吉体育館が見える。駐車場が切れる辺りに 来るとハケは車道の右手南側へ移動し、それとともにハケ上の道が車道から分 岐している。このハケ上の道がいわゆる”いききの道”だ。信号を渡っていき きの道へ向う。いききの道の分岐点には3基の石仏石塔を祀る堂宇があり、こ の道筋が古道であることを物語っている。真ん中の刻像塔は摩滅が激しく判然 としないが多分庚申塔であろう。堂宇の傍らには”いききの道”と刻まれた高 さ1mばかりの石の標柱が立っている。  (「多摩のジョギング道-筏師の歩いた道、いききの道・筏道を行く」より)]

いききの道 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向に新しい「いききの道道標」があり、道標左に祠があります。