かなしい坂

マーカーはかなしい坂碑です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図の「谷戸」の左道がかなしい坂です。

かなしい坂
[かなしい坂(かなしいさか)は、東京都府中市にある坂。
玉川上水は当初、現在の京王線多磨霊園駅近辺を通す予定であった。しかし工事がこの坂にまで達すると、導水した水がすべて地面へと染み込んでしまった。そのため玉川上水はコースを北へ移し、工事を再開した。 工事に関わった役人たちは、失敗の責任を問われて処刑された。その際に役人が「かなしい」と嘆いたことから、この坂に「かなしい坂」の名が付いたといわれ、今に至っている。
坂上側・wikipedia-photo、坂下側・wikipedia-photo  (wikipedia・かなしい坂より)]

[かなしい坂
この坂の名の由来は、江戸時代の玉川上水の工事にかかわりがあると言われています。玉川上水は、はじめ府中の八幡下から掘り起こし、多磨霊園駅付近を経て調布の神代辺りまで掘削して導水していました。しかし水はこの坂あたりで地中に浸透してしまい、工事は失敗に終わってしまったとされています。この工事の責任を問われて処刑された役人たちが、「かなしい」と嘆いたことからこの名がついたといわれています。このときの堀は、今でも「むだ掘り」「空堀」「新堀」の名で残っています。
    昭和60年3月  府中市  (「府中観光協会 – かなしい坂」より)]

六花 ハケの道

かなしい坂 – Google Map 画像リンク

カメラ東方向にかなしい坂碑があります。

カメラ位置はかなしい坂下で、カメラ西方向に標柱があります。カメラ北方向がかなしい坂になります。