ジャズバー「Funky ファンキー」

マーカーはジャズバー「Funky ファンキー」 です。

ジャズバー「Funky ファンキー」
[吉祥寺のパルコの裏にあるBAR&KITCHEN 「Funky ファンキー」は昔は純粋な?ジャズ喫茶でした。
吉祥寺パルコが出来る前は、この辺りには日活の映画館がありました。その映画館に映画好きだった私は小学生の頃から一人でその映画館に行っていました。その映画館の前にあったのがジャズ喫茶の「ファンキー」でした。
「ファンキー」はこれぞ昭和のジャズ喫茶という典型的なジャズ喫茶でした。暗く黒っぽい店内にガンガン響くモダンジャズ、それに無言で聴きいる学生たちなどの若者達、お世司にも綺麗なお店とは言えませんが、若い人達のたまり場になっていました。熱気がむんむんしていました。おしゃべりしても良かったように記憶しています。
映画館が壊され、吉祥寺パルコが出来、ファンキーはパルコの裏に移転し、ジャズバーのようになってしまいました。ファンキーが再開され入った時は、すっかりお洒落になっていて以前との余りの落差に驚かされたものでした。そしてその後も少し改装され、現在の形となりました。
今回、このブログを書くにあたって色々調べてみました。そして沢山のことが判りました。
ファンキーの開店は1960年で、まだ慶應の高校生だった野口伊織氏の発案で、ご両親が経営する「ブラジル」という喫茶店の地下に「ファンキー」をオープンさせたそうです。この開店の際には当時スイングジャーナル誌の岩波洋三氏が色々指南されたとのこと。
私が知っている「ファンキー」は1階がもうジャズ喫茶になっていて、ブラジルという喫茶店は既にありませんでした。1966年にパルコ建設のため裏側に移転し、ジャズバーとして再オープン。
「ファンキー」のオーナーの野口伊織氏はとてつもない才能を持った方で、ジャズ喫茶メグなどを経営する寺島靖国氏と同じく、吉祥寺をジャズの街に変えた人物です。ジャズと絵画とお神輿が大好きな方でした。
1説には「吉祥寺を町から街に変えた男」と言われているそうです。  (「吉祥寺のジャズバー 「Funky ファンキー」 ( ジャズ ) – 夢織人の街TOKYO」より)]

Funky ファンキーホームページ

吉祥寺で有名なジャズ喫茶だったバー&キッチン「ファンキー(Funky)」」、「Funky | 吉祥寺のおすすめが見つかる!「グータイム吉祥寺」

Funky (ファンキー) – 吉祥寺/イタリアン [食べログ]

カメラ北北西方向がジャズバー「Funky ファンキー」 です。