三宝寺

マーカーは三宝寺です。

三宝寺
[三宝寺(さんぽうじ)は、東京都練馬区石神井台にある真言宗智山派の寺院である。山号は亀頂山。(きちょうざん)石神井公園にある三宝寺池の由来になっている。
当寺院は、応永元年(1394年) に鎌倉大徳寺の幸尊法印によって開かれた。当時石神井城を築き付近を治めていた豊島氏からも帰依を受けていた。豊島氏が滅んだあと、後北条氏徳川家からも保護を受け、発展した。徳川家光鷹狩の際に休憩場としても使われ、朱印地十石を与えられ、また無本寺になり格式ある寺院となった。山門は徳川家ゆかりの門ということで、御成門と呼ばれ、現在のは1827年に建てられたものである。また境内にある長屋門勝海舟の邸宅にあった門である。
三宝寺入口・wikipedia-photo、根本大塔・wikipedia-photo  (wikipedia・三宝寺_(練馬区)より)]

三宝寺の梵鐘・三宝寺山門 (さんぽうじのぼんしょう・さんぽうじさんもん)
[梵鐘は、本来、僧に集合を知らせる合図として鳴らしていました。のちに時刻を知らせたり、大晦日除夜の鐘として使用されるようになりました。三宝寺の梵鐘は、銅製で総高164.4センチメートル、口径85.8センチメートル、縁厚9センチメートル。銘文によれば作者は江戸時代に多くの鐘を造った鋳物師として知られた椎名伊予守藤原吉寛です。延宝3年(1675年)に制作され、鐘楼に掛けられています。画像リンク
 ※昭和61年度区登録・平成9年度区指定
 三宝寺山門は、四脚門(よつあしもん)で、屋根は、書物を開いて「へ」の字なりにしたような切妻造で、銅板ぶきです。天井は、木を組んで格子形に仕上げた「格天井(こうしてんじょう)」となっています。将軍徳川家光鷹狩りでお成りになったと伝わっており、「御成門」とも呼ばれています。現在の門は、文政10年(1827年)の建築で、昭和28年(1953年)に修復したものです。全体的に重厚な門で、ゾウやバクなどの彫刻と細部絵様は江戸時代後期の特徴を示しています。画像リンク
 ※平成7年度区登録  (「練馬区ホームページ – 三宝寺の梵鐘・三宝寺山門 (さんぽうじのぼんしょう・さんぽうじさんもん)」より)]

三宝寺山門(練馬区有形文化財) – Google Map 画像リンク」、「旧勝海舟邸の門(三宝寺内) – Google Map 画像リンク」、「三寳寺 – Google Map 画像リンク」、「開運出世大黒天 – Google Map 画像リンク」、「根本大塔 – Google Map 画像リンク」、「大師堂(奥の院) – Google Map 画像リンク」、「ねりまの名木 三宝寺のサルスベリ – Google Map 画像リンク」、「ねりまの名木 三宝寺のイチョウ – Google Map 画像リンク

カメラ北西方向が三宝寺参道です。

勝海舟の邸宅にあった長屋門前のカメラです。

三宝寺山門前のカメラです。

三宝寺鐘楼前のカメラです。

カメラ北北西方向が三宝寺本堂です。

三宝寺本堂根本大塔前のカメラです。

三宝寺本大師堂(奥の院)前のカメラです。

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