下野谷遺跡

マーカーは下野谷遺跡です。

下野谷遺跡
[下野谷遺跡(したのやいせき)は縄文時代中期の環状集落の遺跡である。直径は約150 m(メートル)で、面積は約2万4千 m2(平方メートル)。2015年(平成27年)3月10日に国史跡に指定された。
この遺跡は住居跡群、墓とされる土坑群、倉庫と推定される掘立柱建物群などで構成されており、縄文中期の典型的な集落形態を示しているとされている。
同じような集落が谷を挟んで複数存在するため、「双環状集落」と呼ばれる拠点的な集落の特徴を持っている。また、集落の形態に加え、出土した土器から推定できる集落の継続期間の長さ(1,000年以上)から石神井川流域の拠点となる集落であったと考えられる。石神井川に面する日当たりの良好な高台から低地にかけて広がっていたとされ、水と緑に囲まれた土地は採集や狩猟には好適な生活の場であったと想定される。
出土した土器は勝坂式土器や加曽利E式土器が最も多いため、甲信越南東北の影響を受けているとされる。
この近辺では戦前から縄文土器のかけらなどが多く見つかり、1950年(昭和25年)から考古学者の吉田格によって「坂上遺跡」と紹介された。その後、1973年(昭和48年)から本格的な調査が開始され、1975年(昭和50年)には旧字名から現在の名称に変更されている。
この集落跡は南関東大際級の縄文集落跡であり、首都圏にある遺跡が開発・発掘されずに残されている例は極めて珍しいとされる。  (wikipedia・下野谷遺跡公園より)]

下野谷遺跡 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向が下野谷遺跡です。