十貫坂地蔵堂

マーカーは十貫坂地蔵堂です。

十貫坂地蔵堂
[ここに建立されている石塔は、元禄5年(1692)銘・正徳2年(1712)銘の庚申塔享保2年(1717)銘の地蔵塔、建立不明の庚申塔1基と、地蔵塔2基の計6基があります。
 庚申信仰は、「長生きするためには庚申の夜は身を慎しみ、諸善を行い、徹夜をすべきである」という中国の道教説から始まったようです。それが日本に伝わってからは、中世以降仏教神道の信仰と習合して庶民の間にひろまりました。
 江戸時代には、本尊青面金剛とし、不見、不聞、不言の三猿が彫られるようになり、ここに見られるような庚申塔の建立が盛んになりました。
 地蔵菩薩の信仰は、仏教の民衆化とともに宗派を超えてひろまりました。地蔵菩薩は、冥界現実界の境に立って人々を守護するということから、村や道の境や村の安全を守護する菩薩とされ、村の路傍又は辻に多くの建立されています。
 ここの石塔は、この辺りが武州多摩郡和田村字本村、又は砂利田と称された頃、この地域の中の人々によって悪病退散、村民安全などを祈願して建立されたものといわれてます。
 現在でもこの信仰の気持ちは変わらず、参拝に来る人も年々増えているとのことです。
 私たちもこのような文化財を、一層大切に守りつづけたいものです。
   昭和55年2月20日  (「24 民間信仰石塔(和田一丁目) 【信仰】(和田1丁目58番6号 …」より)]

カメラ北北西方向が十貫坂地蔵堂です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*