南沢氷川神社

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マーカーは南沢氷川神社です。

南沢氷川神社
[氷川神社(ひかわじんじゃ)は、東京都東久留米市南沢にある神社。東久留米総鎮守。旧社格は村社。南沢氷川神社とも称される。
創建年は不明。氷川神社の神職22世・栗原済之進が1900年(明治33年)に書き残したところによると、古くより黒目川支流・落合川上流の水源地(現在の南沢湧水群)にあり、湧水の守護神として奉られていたものが、周辺が開発され、出雲斐伊神社の故事に倣って創建されたと伝えられている。
現存する1654年(承応3年)2月15日の棟札から、南沢村、田無村、入間村、下新井村の総氏子中によって再建がなされたことが分かる。その際に尽力したのは、徳川家の重臣・久世大和守、神谷与七郎、峰屋半之焏らの有力者だった。
明治初年、村社に昇格し神饌幣帛料指定神社となって以来、神社の大祭には供進使の参向があり、湯の花神楽や獅子舞行事、疫病祓の夏祭など多彩な神賑祭礼が行われてきた。
氷川神社は、長い年月の間に数回、再建されたとみられている。1937年(昭和12年)には、社殿の老朽化に伴って改築計画が立てられたものの、第二次世界大戦の開戦によって一時中止となり、終戦後の1950年(昭和25年)4月、氏子などの尽力によって竣工した。
1969年(昭和44年)3月18日、火災のため社殿を焼失し、再度氏子などから協賛を得て、1971年(昭和46年4月)に新社殿が完成した。
1984年(昭和59年)1月に社務所新築などの境内整備を進め、現在に至る。
絵馬
奉納されている絵馬は多い。武蔵野の貧しい農村として成立した東久留米においては、一流絵師による作品はないものの、熱心に神仏に祈念と感謝を捧げたことがうかがい知れる。「加藤清正虎退治絵馬」は、東久留米市内で奉納年が明らかなものの中では最古の絵馬とされ、市の有形文化財に指定されている。
上棟札
1654年(承応3年)2月の社殿再建の棟札で、『新編武蔵風土記稿』に記載がある。
東久留米市の有形文化財に指定されている。
南沢獅子舞
江戸時代初期から旧南沢村に伝わる郷土芸能で、かつては村の長男のみに伝えられてきた。伝承によると延宝年間(1673-1681)に伊勢から伝わったと言われ、舞う際の歌にも「此の獅子は伊勢で生れて江戸そだち」と歌われている。五穀豊穣・悪疫退散を祈願し、豊作だった年に行われていた。戦時中に一度途切れたが戦後に復活し、現在では4年に1度行われている。
1977年(昭和52年)4月1日に「東久留米市指定無形民俗文化財 第1号」に指定された。祭礼日を毎年9月15日としていたが、のちに10月15日になり、現在では不定期。
獅子頭は「竜頭」で、笛や太鼓にあわせ、女獅子をめぐって二頭の男獅子が勇壮に踊り狂う場面がある。ひとりが一つの獅子頭をつけ、腹に太鼓を付けた3匹の獅子が出てきて踊る、「一人立三匹獅子舞」が中心。 獅子舞のほか、山の神、太刀使、世流布、神楽、万歳(まんざい)などが加わる。
●神社で歌う獅子歌
此の獅子は伊勢で生れて江戸そだち
腰に刺したる伊勢のお祓い
千早振る神の囲垣に松を植え
松諸ともに氏子繁盛
氷川神社正面・wikipedia-photo、鳥居と参道・wikipedia-photo、本殿正面・wikipedia-photo、狛犬・wikipedia-photo、「境内裏手にある森。宮下橋から撮影」・wikipedia-photo  (wikipedia・氷川神社_(東久留米市南沢)より)]

南沢氷川神社 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が南沢氷川神社参道です。

南沢氷川神社拝殿前のカメラです。

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