南芝久保庚申塔

マーカーは南芝久保庚申塔です。

南芝久保庚申塔
[延享2年(1745年)に田無村南芝久保の講中38人が建立。特徴は青面金剛像が左の第一手に「ショケラ」と呼ばれる女人の髪の毛らしきものを握っていることですが、これが何であるかは定説がありません。「ショケラ」を持つのは田無地域では他に無く、保谷地域も2例だけです。
指定年月:昭和57年4月
所在地:田無町六丁目1番12号  (「市指定第17号 南芝久保庚申塔 西東京市Web」より)]

[西東京市指定文化財十七号
  南芝久保庚申塔
          延享二年(一七四五)建立
 この庚申塔は、延享二年(一七四五)に田無村南芝久保の三十八人講中によって建立されました。
 破風形笠の上に宝珠を戴き、正面には六臂(六本の腕)の青面金剛が両脚下に二匹の邪気を踏まえ、瑞雲、日輪、月輪、雌雄の鶏などを配し、六臂には、弓、矢、宝剣、矛、輪宝を持っています。
 この庚申塔の特徴は、左の第一手で俗に「ショケラ」と呼ばれる女人の髪の毛らしきものを握っていることですが、これが何者であるかは定説はありません。また、このような像がある庚申塔はこの地域でほかに例がありません。
 庚申信仰は、中国の道教にある「庚申(かのえさる)の夜、眠っていると三尸(三匹)の虫が人の体から抜け出して昇天し、天帝にその人の行いを行いを報告し、天帝は罪過を選定してその人の寿命を縮める」という話が、仏教や神道と結びついたものです。
 青面金剛が本尊になったのは、仏教の陀羅尼経大青面金剛呪法に虫除けの法があるということと結びついたものと言われています。また「かのえさる」のサルと神道の猿田彦神が結びつき、三猿に発展し、庚申塔に描かれるようになりました。
 猿田彦は、道案内の神で、道を守り、旅人の安全を守るという信仰があります。
  昭和五十七年四月
            西東京市教育委員会] 

南芝久保庚申塔 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が南芝久保庚申塔で祠右に案内板が設置されています。