大圓寺(大円寺)

マーカーは大円寺です。

普門山三皇院 大圓寺(大円寺)
[大円寺は、都心部に近いわりには孟宗竹、欅、北山杉、桜等の老木が有り、寺院前の黒目川は最近改修され遊歩道が出来て、当寺院の景観を良くしております。また近くには小山遺跡公園も有り古代より人が住んでいた歴史の有る地区に建っております。
大円寺の初代の寺主となったのは、慈覚大師(円仁)の教化を受けた秀観僧都で、天安2年(858)のことといわれております。明治新政府の神仏分離令により当寺の末寺であった延命寺・神宮寺・不動院・不動院持ちの薬師堂、観音堂が潰寺あるいは廃寺となったのでこれらの寺々を合寺しました。
昭和20年~35年頃関東の修行道場「比叡山行院第二支院道場」となり約40名の修行僧が巣立ったのは、当山60世住職亮晃代です。
昭和55年文殊楼建立、平成5年大円寺会館建立、当山61世現住亮洞代に12本住の鐘楼が平成7年に建立されました。  (「普門山三皇院 大圓寺(大円寺) | 天台宗東京教区」より)]

[庚申塔(東久留米市小山2-10-1 大円寺)
庚申塔
延宝8年(1680年)に造立された市内最古の庚申塔で、多摩地域においても初期に属するものです。江戸時代に盛んだった庚申信仰のために造られ、当時の小山村の人々の名前が刻まれています。

馬頭観世音塔(東久留米市小山2-10-1 大円寺内)
馬頭観世音塔
もと下里村の所沢街道ぞいにあった天保9年(1838年)に作られた馬頭観世音塔です。道標もかねており、板橋・八王子・四谷・川越へそれぞれ5里の距離にあたるので、「ゴリゴリ馬頭」と呼ばれて親しまれていました。

旧下里村穀櫃(東久留米市小山2-10-1 大円寺内)
旧下里村穀櫃
江戸時代に飢饉のために作られた穀物の貯蔵庫で、もと下里にあったものを移築して保存してあります。  (「有形民俗文化財|東久留米市ホームページ」より)]

大円寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北東方向が大円寺山門で、門前右に庚申塔が、左に馬頭観世音塔があります。また、境内に旧下里村穀櫃があります。

大円寺本堂前のカメラです。