大國魂神社

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    大國魂神社
    [大國魂神社(おおくにたまじんじゃ、新字体:大国魂神社)は、武蔵国の総社であり、東京都府中市に所在する神社。
    東京五社の一社。また、武蔵国の一之宮(一宮)から六之宮までを合わせ祀るため、「六所宮」とも呼ばれる。例大祭は、武蔵国の国府祭を起源とする「くらやみ祭」(東京都指定無形民俗文化財)である。
    概要
    古代、国司は任国内の全ての神社を一宮から順に巡拝していた。この長い巡礼を簡単に行えるよう、各国の国府近くに国内の神を合祀した総社を設け、まとめて祭祀を行うようになった。当社はそのうちの武蔵国の総社にあたる。
    当社は府中市中心部に鎮座し、「府中」の市名はかつて武蔵国の国府があったことに由来する。当社の境内地がかつての武蔵国の国府跡にあたり、境内地と市道を挟んで東側の市有地は「武蔵国府跡(武蔵国衙跡地区)」として国の史跡に指定されている。東側市有地は「武蔵国衙跡地区」として整備されており、柱跡が表示されて展示室が設けられていると共に博物館「ふるさと府中歴史館」が設置されている。また、当社は府中宿の中心部近くにあり、大鳥居から武蔵国分寺武蔵国分尼寺までの道が整備されていた。
    当社の創建は景行天皇41年と伝えられ、源頼朝が妻の安産祈願をし、また源頼義義家奥州戦に向かう際に戦勝を祈願したなどの伝承がある。
    境内は多くの社殿からなるほか、重要文化財の木造狛犬を初めとした文化財を多数伝えている。府中本町駅近くの市街地中心部に位置するにも関わらず木々に囲まれており、参道の馬場大門のケヤキ並木は国の天然記念物に指定されている。
    例大祭は、東京都指定無形民俗文化財に指定されている「くらやみ祭」であり、関東三大奇祭の一つに数えられている。
    境内[編集]
    祭神の「松は憂いもの杉ばかり」との謂れから、境内に松の木が植えられることはなく、地元の府中市では正月の門松に松を使わず「門竹」を使う事が多い。
    本殿は一棟三殿、総朱漆塗で銅板葺。江戸時代寛文7年(1667年)造営で、それ以前の三棟三殿から現在の形式となった。東京都の文化財に指定。
    御旅所は「府中市役所前」交差点に所在する。例祭時に神輿が渡御する。隣接して府中宿の高札場(東京都指定文化財)が残る。
    また境内にある水神社裏手には、人を象った紙を体に当てた後に川に流すことで穢を落とす「人形(ひとがた)流し」を行う場所がある。
    そのほか、境内には授与所、待合所、神楽殿、宝物殿、手水舎、廻廊、社務所、結婚式場、忠魂碑、日露戦役記念碑、軍艦多摩戦歿者慰霊碑、相撲場がある。このうち旧日本帝国海軍の軽巡洋艦「多摩」は大國魂神社を艦内神社としていた縁があり、撃沈されてから70年目に当たる2014年10月25日以降、毎年同じ日に慰霊祭を営んでいる。
    境内は全面禁煙で、自転車乗車も禁止されている。
    大鳥居と社号標・wikipedia-photo、西参道鳥居・wikipedia-photo、手水舎・wikipedia-photo、随神門・wikipedia-photo、鼓楼・wikipedia-photo、枝垂桜・wikipedia-photo、中雀門・wikipedia-photo、拝殿・wikipedia-photo、軍艦多摩戦歿者慰霊碑・wikipedia-photo、宝物殿・wikipedia-photo、御旅所(左手に高札場)・wikipedia-photo
    成人の日(1月)・wikipedia-photo、節分祭(2011年2月3日撮影)・wikipedia-photo、すもも祭(7月)・wikipedia-photo、くり祭り(9月)・wikipedia-photo、大鷲神社の酉の市・wikipedia-photo、酉の市(11月)・wikipedia-photo、酉の市・wikipedia-photo、くらやみ祭の大太鼓渡御(2013年5月3日撮影)・wikipedia-photo、くらやみ祭の神輿渡御(2013年5月3日撮影)・wikipedia-photo  (wikipedia・大國魂神社より)]

    くらやみ祭
    [くらやみ祭り(くらやみまつり)は、主に5月3日〜6日にかけて東京都府中市の大國魂神社(武蔵国の国府である当地の総社)で行われる例大祭で、期間中は約70万人の人出で賑わう。 武蔵国の「国府祭」を起源としており、東京都指定無形民俗文化財となっている。期間中は約70万人の人出で賑わう。
    古く武蔵国の国府で行われた国府祭を由来とする、長い伝統と格式を誇る大國魂神社の「例大祭」である。
    室町時代の文書には「五月会」と記録があり、江戸中から見物人が多く訪れていた。その後は、地域住民の祭礼へと発展していった。
    かつて街の明かりを消した深夜の暗闇の中で行われていたため「くらやみ祭」と呼ばれるようになったが、多くの提灯が建てられたため「ちょうちん祭」、また神輿が御旅所で出会うことから「出会い祭」などと呼ばれることもある。また「けんか祭」と呼ばれたこともあった。
    江戸名所図会」という江戸時代の観光案内においては、江戸近郊で盛大に続けられている古い祭りとして紹介され「五月五日六所宮祭礼之図」が掲載されている。また、幕末に来日したスイスの外交官アンベールはくらやみ祭りの詳細なレポートを残しており、「LA MATSOURI DE ROKSA-MIA:RETOUR TEMPLE APRES LA PURIFICATION DES LIEUX SACRES」には祭りのイラストが掲載されている。
    府中市の中心部を六張もの大太鼓と八基の神輿が回る壮大な祭として知られている。
    神輿渡御・wikipedia-photo、鳥居をくぐる大太鼓・wikipedia-photo、神輿の先祓いをする大太鼓・wikipedia-photo、御旅所・wikipedia-photo  (wikipedia・くらやみ祭より)]

    大國魂神社ホームページ」 – 「くらやみ祭(4月30日〜5月6日)

    大國魂神社のしだれ桜: 正多面体クラブ

    大鳥居 – Google Map 画像リンク」、「手水舍 – Google Map 画像リンク」、「随神門 – Google Map 画像リンク」、「鶴石 – Google Map 画像リンク」、「亀石 – Google Map 画像リンク」、「鼓楼 – Google Map 画像リンク」、「神楽殿 – Google Map 画像リンク」、「中雀門 – Google Map 画像リンク」、「廻廊 – Google Map 画像リンク」、「大國魂神社 本殿 – Google Map 画像リンク」、「大國魂神社(武藏總社六所宮) – Google Map 画像リンク」、「住吉神社・大鷲神社 – Google Map 画像リンク」、「東照宮 – Google Map 画像リンク」、「大銀杏 – Google Map 画像リンク」、「巽神社 – Google Map 画像リンク」、「松尾神社 – Google Map 画像リンク」、「さざれ石 – Google Map 画像リンク

    カメラ南方向が大國魂神社大鳥居です。

    カメラ南方向が大國魂神社随神門です。

    大國魂神社随神門下のカメラです。

    カメラ南方向が大國魂神社中雀門で、カメラ北東方向に鼓楼があります。

    くらやみ祭 萬燈大会

    七五三祝い・大國魂神社拝殿前のカメラです。

    資料リンク
    江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「武蔵国総社六所明神社解説-1」「府中六所宮」(10-3)、「府中六所宮其二、解説-2」(10-4)、「解説-3」(10-5)、「解説-4、祭礼之図」(10-6)、「祭礼之図其二」、「祭礼之図其三」(10-8)、「六所宮田植」(10-9)、「解説-5」(10-10)、「解説-6」(10-11)

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