大宮八幡宮

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    大宮八幡宮
    [大宮八幡宮(おおみやはちまんぐう)は、東京都杉並区大宮にある神社。明治以来大宮八幡神社と呼ばれていたが、1981年に「大宮八幡宮」に改められた。
    源頼義により建立された。武蔵国の三大宮の1つで「多摩の大宮」とも呼ばれ、境内は15,000坪と都内でも3番目の広さを持つ。子育て・安産に特に御利益があるとされ、遠方からも多数の参拝客が訪れる。東京のほぼ中央に位置するため「東京のへそ」という異名も持つ。善福寺川に接し、かつて湧出していた御神水は「多摩乃大宮水」と称される。現在は自然には湧出していないため、ポンプで汲み上げている。
    祭神
    ●品陀和気命(ほむだわけのみこと)- 応神天皇
    ●帯中津日子命(たらしなかつひこのみこと) – 仲哀天皇
    ●息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと) – 神功皇后
    品陀和気命は八幡神とされ、また上記3神は合わせて八幡三神とされる。
    歴史
    現在大宮八幡宮がある一帯は大宮遺跡とされ、東京都内で初めて方形周溝墓が発掘された地としても知られる。ここから、この神社の鎮座以前からこの一帯が聖なる地とされてきたと推測される。
    前九年の役のとき、この乱を鎮めよとの勅命をうけた鎮守府将軍・源頼義は、奥州に向かう途中、武蔵国にて空に八条の白雲が棚引いているのを見たとされる。これを源氏の白旗が翻ったかのように見た頼義は「これは八幡大神の御守護のしるしである」と喜びこれを吉兆とし、乱を鎮めた暁には必ずこの地に神社を構えることを誓って、武運を祈り出陣したという。頼義は、乱を平定した後の康平6年(1063年)に、八条の白雲を見た地に石清水八幡宮の分霊を祀り、神社を創建したとされる。
    貞治元年12月17日(1363年1月10日)の記録によると地元の阿佐ヶ谷氏は熊野権現檀那であり、大宮八幡宮の住僧は先達だったと推定される。
    天正19年(1591年)に徳川家康から社領30石を寄進された。また、結城秀康の夫人である清涼院により、社殿が造営された。江戸時代の敷地は境内を除いて60,000坪におよび、境内末社7社の他、2町離れた堀之内別当寺の大宮寺があった。
    明治維新後、35,000坪が押収された。
    1981年、それまでの「大宮八幡神社」を改めて「大宮八幡宮」とした。
    大宮八幡宮入口・wikipedia-photo、境内・wikipedia-photo、拝殿・wikipedia-photo  (wikipedia・大宮八幡宮_(杉並区)より)]

    大宮八幡宮ホームページ」 – 「最新行事

    資料リンク
    江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・大宮八幡宮

    江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「大宮八幡宮」(11-31)、「大宮八幡宮解説・右ページ3行目から」(11-30)

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    カメラ西方向が大宮八幡宮表参道です。

    カメラ位置は大宮八幡宮南参道で、カメラ北北西方向突き当りに手水舎があります。

    大宮八幡宮神門前のカメラです。

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