大泉氷川神社

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マーカーは大泉氷川神社です。

大泉氷川神社
[西武池袋線大泉学園駅の北東、徒歩18分。一の鳥居をくぐると二の鳥居まで参道の両側には数多い石灯籠が並んでいる。
 創建年代は明らかではないが、文永年間(1264~75)に創建されたという説もある。江戸時代には天王社と称され、橋戸村の鎮守として地域の信仰を集めてきた。
  明治7年(1874)に村社となり、境内社に稲荷神社、白山神社、弁天社、御嶽神社がある。明治13年(1880)社殿が改築され、さらに昭和50年(1975年)現在の鉄筋コンクリート造りの社殿になった。
 境内には江戸時代に伊賀組衆が奉納したと伝えられる御手洗石(水磐)と鳥居があり、練馬区の有形文化財に指定されている。  (「PORTAL TOKYO 東京ガイド 練馬区 大泉氷川神社」より)]

伊賀衆奉納の水盤・鳥居
[天正10年(1582年)京都でおきた「本能寺の変」の知らせを聞いた徳川家康は国元の三河に急いで帰国しました。このとき家康を警護していたのが伊賀衆でした。その後、家康が江戸に入城したときに、伊賀衆はこの功績により新たに領地を与えられました。そのひとつが練馬の大泉(旧橋戸地区)です。
 この神社にある伊賀衆奉納の水盤は、鳥居とともに嘉永2年(1849年)に奉納されたものです。元は東京外郭環状道路大泉インターチェンジ付近にあった愛宕神社の稲荷社にありましたが、廃社の後、現在の氷川神社に移されました。水盤は、石造で、正面上段には、家紋(源氏車に宝珠)、下段に相給年番(あいきゅうねんばん)・伊賀者組頭・地方掛(じかたがかり)の役職にあった9人の氏名が彫られています。右側面には、伊賀衆がこの付近の領地を与えられた経緯が刻まれています。鳥居は、石造で、左右の円柱には99人の奉納者の氏名が刻まれており、その中に伊賀衆の氏名が見られます。
  昭和63年度区登録・平成14年度区指定  (「伊賀衆奉納の水盤・鳥居 – 練馬区役所」より)]

大泉氷川神社 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が大泉氷川神社参道です。

カメラ北方向が大泉氷川神社拝殿です。

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