マーカーは妙歓坂です。
「【国分寺崖線・坂とはけの道めぐり】こがねいてくてく … – 小金井市のイ」
妙歓坂
[妙観(貫)坂 中町4-13と小金井街道の間を北に上る石段。
前原坂上交差点は、その昔「六道の辻」といって六本の道が交差していた。そのうちの一本がこの道で、畑や水田の耕作のための農道だった。急な坂の東側に墓地があり、その南側、現在のカシ並木があるあたりに、明治の中頃から大正の初めごろまで、「妙観(貫)」といわれる僧が「庵」を造って住んでいたので妙貫坂と呼ばれるようになった。【坂標】 金蔵院の前身である観音寺の坊の一つであるともいう。『続小金井風土記』 (「小金井市の坂-1・府中市の坂-4: 坂道散歩」より)]
妙観(貫)坂上・坂上右に妙貫坂の標柱があります。
妙観(貫)坂下