市旧跡(鎌倉古道)

マーカーは市旧跡(鎌倉古道)標柱です。

市旧跡(鎌倉古道)
[所在地 – 東村山市本町2丁目市道245-1号線付近
昭和48年3月31日史跡、平成24年4月1日旧跡  (「東村山の文化財/東村山市」より)]

[東村山市旧跡
鎌倉古街道
所在地 東村山市本町 市道二四五-一号線
指 定 昭和四八年三月三一日 指定第一二号
 鎌倉幕府は、重要な基盤である関東地方をしっかり統治するため、鎌倉を起点として街道を整備した。主なものは、上ツ道、中ツ道、下ツ道と呼ばれた。
 東村山にも市域の南北に上ツ道が通っており、市域鎌倉街道は、古代の官道である東山道にほぼ並行して走っていたと推定される。
 鎌倉化粧坂から府中を経て、小平市街の九道の辻より、現府中街道にほぼ沿って北上し、八坂神社(前にまいまいずの井戸があった)、東村山駅を過ぎ白山神社付近から西武鉄道にほぼ並行し、東村山市と所沢市久米の境である勝陣場橋(Google Map)あたりより、掘兼・入間川男衾上野国を経て信濃国に至る。
 文永八年(一二七一)の日蓮上人の佐渡流刑の際に立ち寄った記述のある久米川宿、元弘三年(一三三三)の新田義貞鎌倉倒幕久米川古戦場なども沿道であったと考えられる、市の歴史上、極めて由緒深い。]

旧鎌倉古道跡(東村山市指定) – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向に市旧跡(鎌倉古道)の案内板があります。

カメラ北東方向に市旧跡(鎌倉古道)案内板があります。(Google Map)